渋野日向子メジャー初出場で優勝!”たらたらしてんじゃねえよ”食べて42年振りの快挙!

20才の渋野日向子選手が快挙!
メジャー初出場で初優勝!

大激戦を制しメジャー制覇した渋野日向子選手を、新人類と呼ぶのは樋口久子氏!
樋口久子氏は42年前に、日本人初となる全米プロを制覇した方!
全英オープン制覇の渋野日向子選手は、樋口久子氏に次ぐ2人目なのです。

13ホール終了時点では、5人が13アンダーの首位タイに並ぶ大混戦。
15番パー5で、4メートルくらいのバーディーパットを沈めて17アンダー。残りは3ホール。
トップを走っていたL・サラスと並び・・・二人の一騎打ちになりました。

渋野日向子選手は、16番のパー4と17番パー3はパー。
この時、2組前のL・サラスは18番ホールで約1メートルのバーディーチャンスにつけていました。
しかし、L・サラスはバーディパットを外し、17アンダーのままホールアウト。

最終18番で順番を待つ間に、渋野日向子選手はおにぎりを頬張っていました。
ゴルファーは4時間もプレーするので、お腹がすくんですよね。

おにぎりを食べてから、お菓子を口にした渋野日向子選手はカメラに気がつき、カメラの方に向かうとカメラ目線で、お菓子を噛み切るように食べていましたね。笑顔で・・・

あのお菓子、「たらたらしてんじゃねえよ」と言う名前のピリ辛駄菓子だったんです。
渋野日向子選手は子供の頃から好んで食べていたと、駄菓子屋のおばさんが話していましたね。
鱈(タラ)を干して裂いたものらしいのですが、早くも、問い合わせが殺到してるそうですよ( ´艸`)。

よっちゃん食品工業 タラタラしてんじゃねーよ⇒アドレスhttps://is.gd/byv55S

最終ホールで悠然とおにぎりを食べ、お菓子を頬ばる・・・リラックスムード全開の渋野日向子選手。「こんなゴルファー見たことない!」と驚きの声を上げたのは、カメラマンだったでしょうか。
「オッたまげたあ!」と言う感じ・・・の声でしたよ。

度胸すわっていますよね、だから優勝できたんだと思います。
プレッシャーなど、まるで感じていないかのような様子は、確かに「新人類」なのでしょう。
うらやましいかぎり・・・わたしも、あんな風にできたらいいのにな。

最終18番、残り5メートルくらいのバーディパット、ラインを読み切り、なんなくカップに流し込み、大きく左手をあげて「入ったあ!」と喜ぶ渋野日向子選手。涙はなく溢れんばかりの笑顔!
クラブを持っていた手を、そのまま突き上げていました!

そして、英国のギャラリーから大拍手を浴びながら、コーチの青木翔キャディーと満面の笑みで抱き合いましたが、笑顔で涙はありません。後で「涙が出なかった」と言ってました。

インタビューの時「入れるか、スリーパットにするか・・・ここで入れるしかないと思った」と話してました。
「同じボギーなら、攻めてボギーになった方がいい」と語っていた渋野日向子ですから、当然でしょう。

優勝がかかる1打・・・パットを打つ時は、かなり緊張するものらしいのですが、渋野日向子選手の場合は、緊張しているようには見えませんでした。インタビューで「ちょっと強めに打ちました」と。

入ればバーディで優勝ですが、外せばプレーオフになります。
万が一強く打ち過ぎて,カップを通り過ぎてしまったら、ボギーで負けてしまうこともあるのです。

松山英樹選手はプレーオフシリーズに備え、ニュージャージー州にいましたが、渋野日向子選手優勝をニュースで知り、すぐに動画を見てコメントしていました。

最終18番で、強気にねじ込んだシーンには「勝つか、負けるかを決めるとき、あの強さで打てるのはすごい。勝負がかかっていて、入れることしか考えていないからあの強さで入ったと思う。少しでも躊躇する気持ちがあれば入らない」と、驚いていたそうですよ。

この快挙で、女子ゴルフの未来は断然明るく・・・開けてきましたよ。
男子ゴルフにも、新人類の男子版 渋野日向子が現れてこないかなあ。
2007年に「救世主」となった石川遼の2代目・・・

42年振りとなる快挙!
日本人がゴルフのメジャータイトルを取ったのは、樋口久子氏以来で、男女を通じて2人目なのです。
米PGAツアーで活躍している松山英樹もまだ、メジャータイトルを手にしていません。凄いことですよ!

笑顔が話題になった渋野日向子選手の戦いぶりや、ジュニア時代なども調べてみましょう。
もちろん問い合わせが殺到している駄菓子も・・・ね。

スポンサーリンク

大接戦の最終日!おにぎりとたらたらしてんじゃねえよを食べながら!

最終日、2打差のトップでスタートした渋野日向子選手。
3番パー4でダブルボギーを叩いた時には一瞬「ヤバイ!」って、凄く心配しました。

3日目までのように笑顔が見られず、表情も硬かったので、やはり緊張しているのかと・・・
しかし、ダブルボギーを叩いた後も、しっかりとフェアウェイを捉えるボールを打っていましたし、落ち込んでいる様子もありません。

3番ダブルボギー、5番パー4と7番のパー5でバーディ。ただ、直後のパー3でボギー。
フロントナインは1オーバーで折り返しました。

渋野日向子選手の凄いところは、後半・・・バックナインに入ってからが強いのです。
2日目は後半では1バーディだけでしたが、初日も6バーディ、3日目も6バーディをとっていました。

期待した通り、後半に入り5つのバーディを取りましたよ。
特に、最終18番のバーディは凄かった!優勝できるかどうかを決める1打だったのですから。

ラインを読み切って、自信を持って打ち出していたように見えました。ボールはするするとカップに吸い込まれ「入ったあ!」とクラブを持つ左手をあげてガッツポーズ!

7バーディ、1ボギー、1ダブルボギーの「68」でプレーし、トータル18アンダー。
初出場のメジャーで見事初優勝です。

日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)に登録しているプロゴルファー。
澁野 日向子(しぶの・ひなこ)
生年月日:1998年11月15日 。
出身地 :岡山県岡山市。
所属  :RSK山陽放送。

渋野日向子選手は、2018年7月プロテストに合格して丸1年。
2019年の国内メジャー「ワールドレディスサロンパスカップ」で初優勝。
2勝目は「資生堂アネッサレディス」。

そして全英オープンの出場権を掴んで出場した、初めてのメジャーで快挙達成。
トントンと階段を上がって来たような印象があり、強運を持っていると思います。

ゴルフは実力だけでは勝てません。ツキがなければ優勝はできない。

優勝する時は、ティーショットを失敗してもいい場所(打ちやすくて狙えるところ)に落ちるのですが、ついてない時は、最高と言われるショットを打ったにもかかわらず、ボールの着地地点に何かが落ちていて、とんでもない方向に跳ねてしまう・・・のです。

何故かスターは、強運に恵まれている人が多いのです。
澁野 日向子選手もツキがありましたよ。

池越えの1オン狙い・・・池ぎりぎりのところにのってきました。
「わあっ!」って思わず声を出したくらい、一瞬ヒヤッとしたくらい、ぎりぎりでした。

ツキがない時なら、池に落ちてしまうような、ぎりぎりだったように思います。
強い星の元に生まれてきたと言うことなのでしょう、スターになるべく・・・

ジュニア時代の渋野日向子と駄菓子”たらたらしてんじゃねえよ”

渋野日向子選手の両親は陸上競技の投擲選手でした。父が円盤投で、母はやり投)。
渋野日向子選手は、三人姉妹の二女として生まれました。

ゴルフに出会ったのは、小学校2年生の夏休み。
小学2年生から地元のスポーツ少年団に入団してソフトボールも始めました。
ソフトボールでは投手となり、この時バッテイングは左打ちに変えています。

2010年小学生・女子の部・高学年で「岡山県ジュニアゴルフ選手権競技」3位。
2011年に岡山市立上道中学校に進学すると、ただ1人の女子選手として軟式野球部に入部。
しかし「岡山県ジュニアゴルフ選手権競技」で優勝すると、中学2年生からゴルフ一本に絞ります。

「岡山県ジュニアゴルフ選手権競技」では、2011年の優勝に続き、2012年、2013年も優勝。3連覇しています。2014年には高等学校へ進学。高校1年生で「中国女子アマチュア選手権」で優勝。
2015年「全国高等学校ゴルフ選手権大会」女子団体戦では、在学高校のメンバーとして出場し優勝。

ジュニア時代からゴルフ強かったのですね。向かうところ敵なし状態のジュニア時代を過ごしていたのですね。渋野日向子選手自身はソフトボールが大好きで、上野由紀子さんに憧れていると聞きましたけれど。

あっ、そうそう、忘れてました。
全英の最終日、渋野日向子選手が食べていた駄菓子が、問い合わせが殺到しているそうですね。
「たらたらしてんじゃねえよ」と言う名前がついてるお菓子?なのですが、鱈の干物でピリ辛のスティックになっています。わたしも以前、何度か食べた記憶がありますよ、酒のつまみとして。

生まれ育った地元の駄菓子屋さんのおばさんの話では、このお菓子?は、渋野日向子選手が子供の頃から好んで食べていたと話していましたよね。

この駄菓子屋さんは、渋野日向子選手の通っていた平島小学校の近くにあり、子供たちに長く親しまれてきた店で、同じ平島小学校出身のタレント、ブルゾンちえみも通っていたそうです。

駄菓子屋さんの次男の話によれば「ブルゾンさんのブレークもうれしかったけど、今回は世界一。うれしいどころの話じゃない」と大喜びされているとか。

渋野日向子さんは男子に交じって少年野球チームに所属していて、女の子なのにエースで主力。その後もソフトボールやゴルフで活躍するなど有名だったとも。

当時から「タラタラしてんじゃねーよ」を好んで買っていたと言う渋野日向子さん。子供時代から笑顔の絶えない活発な子で、「あの笑顔とお菓子を食べる顔は小さい頃から変わらない」と言う駄菓子屋の次男の方。今年5月には、所属するRSK山陽放送の番組企画で立ち寄っています。

「タラタラしてんじゃねーよ」の問い合わせが殺到していると聞いて、「売り切れにならないうちに買いだめしよう」なんて、つぶやいてる方もいたと言いますから、大変なことになっているようです。

渋野日向子より42年早くメジャー制覇してた樋口久子氏!

渋野日向子選手がメジャー優勝する42年前に「全米女子プロ選手権」でメジャー優勝した樋口久子氏以来となる、42年ぶりの快挙となりました。

樋口久子氏の優勝は1977年のことですから、渋野日向子選手の年令を二倍しても、まだ足りません。
本当に、遥か昔のことなのです。だから、この優勝がどれほど大きく、ゴルフ界にとってとてつもなく素晴らしい出来事だったか・・・

しかし、42年も前にメジャ優勝されていた樋口久子氏は、本当に凄い方。
優勝回数は73回で歴代最多!
しかも、日本人初の世界ゴルフ殿堂入りをされているのですよ。凄いでしょう!

樋口久子氏(ひぐち ひさこ):日本の女子プロゴルファー。
生年月日:1945年10月13日。
現在はロゴルフ協会相談役ですが、以前は会長を務めておられました。実際にプレーされているところは拝見していませんが、ゴルフファンとして、名前は存じ上げていました。

その樋口久子氏は「無欲が、手繰り寄せた勝利といえるでしょう。予選通過だけを目標に、気負いがなく、日本で戦っているように伸び伸びと、自然体でプレーしていたように見えましたと語っていらっしゃいましたね。

さらに、得意のパッティングが冴えていたし、日本によく似た起伏のある林間コースだったことも幸いした。大勢の応援団も駆けつけていたし、信頼しているコーチがキャディとして、側についていたことが大きな力になった筈だとも。

まとめ

渋野日向子選手の話は、多くのメディが取り上げていたし インタビューも沢山聞きました。
画面にかじりついてましたから。

インタビューしていたメディアにより、表現は多少違いますがこんな内容でしたね。
「前半ちょっと緊張していたけど、後半はあんまり緊張しなかった。最後のパットもそこまで緊張してなかった。最後は、ここで決めるか3パットするかと思って強気で打ちました」って話していました。

3番の4バットでダブルボギーになった時は、怒ると言うより悲しくなっていたそうですね。
10番では切り替えるために、ここでバーディーを取らないといけないと思っていたそうですが、見事バーディを取りました。

上手く切り替えて、その後も4つのバーディを取り、初出場のメジャーで初優勝の快挙。
日本のゴルフファン全てが歓喜したでしょう!

米ツアーへの出場権を獲得したのに「国内ツアーでやっていきたい」と日本ツアーで戦うことを明言したと言う渋野日名子選手。

「まだ日本で十分に成績も出せていないのに、海外でやる資格はないなと思っています。日本の経験も浅いですし、トップレベルの選手にもなれていない」と言うのですが、もったいないな!
スポットで出る予定も「全くない」し、「メンバー登録もしないと思います」と即答していましたね。

本人の選択ですから仕方ないですが、本当にもったいない気がします。

スポンサーリンク

おすすめの記事