あなたは覚えていらっしゃるでしょうか?
宮沢りえさんには、26年前にちょっと悲しいことがありました・・・
40代以上の方々ならご存知だと思いますが、それより若い方は遠い昔の話で、知らない方が多いかも知れません。

宮沢りえさんが19才の時、20才だった貴乃花関と婚約されました。お二人とも人気者同士で誰からも好かれていましたから、びっくりさせられましたが、似合いのカップルだと言われ、誰もが祝福していました。

ところが、それから2か月後に婚約解消が発表されました。この会見は貴乃花関が史上最年少での大関昇進となったその日でした。婚約解消の理由として貴乃花関は『彼女への愛情がなくなりました』と話されましたが、真実はそうではなかったことが判明していたのです。

スポンサーリンク

果たして婚約解消となった本当の理由とは、いったいどんなことだったのか、気になるでしょう。本当の理由がわかったと噂されているので、何が真実だったのか調べてみたいと思います。

あれから26年もの年月が流れ、2018年3月16日に宮沢りえさんは森田剛さんと結婚されました。幸せそうな姿が何度か目撃されているようなの良かったなと思っています。

2016年「ビニールの城」の舞台で初共演された宮沢りえさんと森田剛さん、結婚されるまでの交際期間は1年半くらいでしょうか。いろいろな噂が飛び交っていたので、どうなるのかちょっと気になっていました。

1973年4月6日生まれの宮沢りえさんは45才。女優、タレント、モデルとして幅広く活躍されていますが、とにかく凄い実力派ですよね。映画も主演される度に素晴らしい賞を受賞されています。

11才でモデルデビューされてから早くも34年、ずっと第一線を走り続けていらっしゃるのですから、素晴らしいですね!宮沢りえさんは大女優と言われるにふさわしい賞を、いくつも受賞されています。受賞された賞についても調べたいと思います。

貴乃花は史上最年少で大関就任!その日に宮沢りえさんとの婚約解消を発表!

26年前(1992年)にプレイバック!
プレーバック(playback)は、記録した映像や音声などを再生すること。
映像などはありませんが、婚約された当時のお二人の様子を振り返ってみましょう。

貴乃花関の父は、当時の人気力士初代貴ノ花、母親は元女優の藤田紀子さん。兄は若乃花関です。叔父は父親の兄で初代若乃花という由緒ある角界のプリンスです。

若乃花関と貴乃花関兄弟の『若貴フィーバー』なる人気は凄まじいものがありました。相撲ブームの一世代を築いたと言っても過言では無い程、凄まじい人気と勢いがありましたね。サラブレットとして注目される中で、誰も文句をつけられない程の実力があったそうです。

プロフィール
四股名   貴乃花光司(たかのはな こうじ)
生年月日  1972年8月12日(現在は46歳)間もなく47才です。
出身地   東京都杉並区
身長    183㎝
体重    150㎏
血液型   O型
最高位   第65代横綱

プロフィール
氏名   宮沢りえ(みやざわ りえ)
生年月日 1973年4月6日(現在45才)
出身地  東京都練馬区
身長   167㎝
血液型  B型
日本人母 宮澤光子(りえママ)、父はオランダ人。

美貌とスタイルに恵まれ、モデルやタレントとして大活躍していた宮沢りえさん。貴乃花関との出会いは雑誌の対談だったと聞いています。

貴乃花関と宮沢りえさんは美男美女カップル。本当に素敵なカップルでした。爽やかなお似合いの二人を誰もが祝福していたように思います。

その2か月後、貴乃花関が史上最年少での大関昇進が決まったその日、婚約解消が発表されました。『連絡も取ってないし、会ってもいません』『彼女への愛情がなくなりました』貴乃花関が婚約解消発表の際に残した言葉でした。

宮沢りえさんはこの二日後に、『残念です』と破局を認める会見をされています。

今・・・考えてみると、『彼女への愛情がなくなりました』と語ったのは、宮沢りえさんへの思いやりだったように感じられます。真実は違っていたのに、貴乃花関は男らしく堂々と、非は自分にあるのだというように宣言しました。

26年前の宮沢りえと貴乃花を婚約解消美川憲一氏?!りえママに頼まれたのが真実?!

『彼女への愛情がなくなりました』と婚約解消した貴乃花の言葉を、すんなり信じた方は誰もいなかったのではないでしょうか。「何があったのだろう?」誰もが思った筈。しかし何も語られることなく22年もの時が流れました。

婚約解消会見から22年後の2014年9月23日、宮沢りえさんのお母様が肝腫瘍で亡くなられました。それを受けて、美川憲一さんが「わたしが壊したのよ、二人の仲を」と、初めて真実を話されました。「二人の結婚を壊して欲しい」と、りえさんのお母様に頼まれたというのです。

美川憲一氏は、別れるように説得されたそうです。貴乃花と宮沢りえさんの二人を説得されたのか、宮沢りえさんだけだったのか・・・そこまではわかりませんが、どのように言い聞かせたのか聞きたいですけれど、まあ、無理でしょうね。

幸せそうに笑っていた貴乃花関と宮沢りえさんの仲を引き裂くのは、美川憲一氏も相当辛い思いをされたとは思いますが、よく引受けましたよね。宮沢りえさんのお母様がなくなられ、真実を告白したことで、美川憲一氏もようやく肩の荷を下ろすことが出来たのでしょう。

https://is.gd/VJNVqc ← 下記の若いころの宮沢りえさんの画像元のアドレス

 

今考えれば貴乃花関は、宮沢りえさんを守るために『彼女への愛情がなくなりました』ときっぱり宣言されたのでしょう。男らしく言い切った気持ちを考えると切ない・・・未だ20才だったのですよ。

舞台ママと呼ばれた母の存在。宮沢りえさんを大女優にしたかったお母様は、世間一般の母親とは全く考え方が異なっていたのでしょう。娘に対する愛情以上に、何としても一流と呼ばれる女優にしたいという、お母様ご自身の思いが最優先だったのですね。

貴乃花関と結婚すれば倖せになれたであろう宮沢りえさんに、悲しい思いをさせてまで貫こうとしたお母様の思いは、大女優となった娘の姿を見たかっただけなのでしょうか・・・

お母様は手段を選ばず、「ええっ!」と驚くようなことを考えていたらしいのです。噂では娘の宮沢りえさんに、枕営業をさせようとさえしていたと言われていました。これは噂ですから、本当かどうかはわかりません。

宮沢りえさんと貴乃花関の婚約解消には、悲しい訳があったのですね。あれから早くも26年、二人はそれぞれ立派になられています。悲しかったことも今になってみれば、ちょっぴり物悲しい思い出として、お互い心のどこかにしまいこまれているのかも知れません。

数々の賞を受賞している大女優宮沢りえの理知的な考え方!

宮沢りえさんが雑誌のインタビューで語られている記事を読ませていただきましたが、とても理知的な方なのだと思いました。物事に対する考え方、捉え方が実にしっかりしていて、客観的に自分を見つめている方のように思えます。感情に左右されずに冷静な判断を下せる方ではないでしょうか。

宮沢りえさんは、今迄の人生は挫折の繰り返しだったとも話されています。なぜそうなるのか考えてみると、平坦な道と茨の道があれば、何故か茨の道を選んでしまっている・・・と。
でもいばらの道を歩いた経験が生きた時、無駄じゃなかった良かったなと思えるとか。

演じるときはいつも、壁を乗り越える苦しさや辛さを伴う。完成した時に喜びを感じるのは、そこにたどり着く迄の辛さや苦しさを振り返ったときだとも。

宮沢りえさんが受賞されている映画にはどんなものがあるのか、調べてみました。宮沢りえさんは受賞する度に、目的とするレベルが一段上がるとおっしゃっています。

1989年16才の時初主演された映画「僕らの七日間戦争」ですが、日本アカデミー賞新人賞を受賞されています。これが初めての受賞ですね。

2014年には、
「紙の月」で東京国際映画祭コンペティション部門最優秀女優賞と観客賞を受賞。
さらに、日本アカデミー賞でも最優秀女優賞を受賞。

スポンサーリンク

「紙の月」:主人公の女性は夫と二人暮らし。契約社員(銀行員)として働いていましたが、子供がいない夫との間は冷めていた。そして年下の恋人のために顧客の預金を横領してしまった彼女は、後戻りできない状態になっていく・・・そんなストーリーでした。

2016年「湯を沸かすほどの熱い愛」でも日本アカデミー最優秀主演女優賞を受賞されました。「湯を沸かすほどの熱い愛」:余命2カ月と宣告された母・双葉(宮沢りえ)が、人生の舞台から逃げごしになっている家族を再生させようと奮闘する物語です。共演の方々も個性豊かで、素晴らしい映画だったと評されていました。

2018年2月3日に行われた第25回読売演劇大賞では、大賞と最優秀主演女優賞のダブル受賞。
「足跡姫 ~時代錯誤冬幽霊~」(あしあとひめ ときあやまってふゆのゆうれい)「クヒオ大佐の妻」「ワーニャ伯父さん」などの演技が評価されて受賞されています。

その他にも、いろいろ受賞されていると聞いてはいますが、情報を確認しきれていません。後日何かわかれば、お知らせしたいなと思います。

まとめ

宮沢りえさんと森田剛さんが結婚されるまで、いろいろな噂が飛び交っていましたが、交際1年半ほど過ぎた2018年3月16日に入籍されました。

2016年「ビニールの城」の舞台で初共演され、1年半ほどの交際を経て結婚されましたが、幸せそうな姿が度々目撃されているようなので良かった。倖せがいつまでも続くように願っています。

26年前、宮沢りえさんが19才の時、20才だった貴乃花関と婚約されました。お二人とも人気者同士で誰からも好かれていたので、似合いのカップルだと言われ、みんなが祝福していたのですが、それから2か月後に婚約解消が発表されました。

この会見は貴乃花関が、史上最年少での大関昇進となったその日でした。大関昇進会見が婚約解消会見になってしまいました。婚約解消の理由として貴乃花は『彼女への愛情がなくなりました』と話しましたが、真実はそうではなかったことが判明しています。

2014年9月23日に宮沢りえさんのお母様が肝腫瘍で亡くなられてから、美川憲一さんが「宮沢りえさんのお母様に頼まれて、わたしが壊したのよ、二人の仲を」と告白されました。

幸せそうに笑っていた貴乃花関と宮沢りえさんの仲を引き裂く役目を、美川憲一氏はどんな思いで引受けられたのでしょう。宮沢りえさんのお母様がなくなられたので、肩の荷を下ろしたかったのでしょうね。22年間は長いしずっしりと重かったでしょうから。

宮沢りえさんは沢山の賞を受賞されていますが、1989年16才の時初主演した映画「僕らの七日間戦争」で、日本アカデミー賞新人賞を受賞されています。

2014年には、「紙の月」で東京国際映画祭コンペティション部門最優秀女優賞と観客賞を受賞。さらに、日本アカデミー賞でも最優秀女優賞を受賞されています。

2016年「湯を沸かすほどの熱い愛」でも日本アカデミー最優秀主演女優賞を受賞されました。

2018年2月3日に行われた第25回読売演劇大賞では、大賞と最優秀主演女優賞のダブル受賞でしたが、「足跡姫 ~時代錯誤冬幽霊~」(あしあとひめ ときあやまってふゆのゆうれい)「クヒオ大佐の妻」「ワーニャ伯父さん」などの演技が評価されて受賞されています。

まだ45才の宮沢りえさん、これからもいろいろな映画やドラマで、素晴らしい演技を見せて下さるでしょう。プライベートでも、親子三人の姿があちこちで見られると思いますが、微笑ましい親子の姿を見せて下さいね。

スポンサーリンク

おすすめの記事