野口みずき聖火ランナー第一走者?!吉田沙保里と野村忠宏は引継式で聖火ランナー!

野口みずきさんが、2020年東京五輪の聖火ランナー第一走者に決定!
五輪発祥の地ギリシャで行われたアテネ五輪で、金メダルを取ったメダリストとして、大役を任されるようですね。

2020年3月12日、ギリシャのオリンピア市で採火式が行われ、その後でギリシャ国内聖火リレー(3月12日~3月19日まで8日間)がスタート。

ギリシャでの聖火リレーは最初のランナーをギリシャ人、2番目を開催国の人物が務めるのが慣例。ギリシャ人ランナーに続いて、野口みずきさんが第一走者としてトーチを掲げて走ります。

採火式は古代五輪発祥の地とされるギリシャ西部オリンピア市で行われ、ギリシャ国内で8日間のリレーを実施後、聖火は航空自衛隊松島基地に3月20日に到着。3月26日から日本国内聖火リレーが始まる。

また柔道男子五輪3連覇の野村忠宏氏と、レスリング女子五輪3連覇の吉田沙保里さんは、アテネのパナシナイコ競技場で開かれる聖火の引き継ぎ式に登場し、最後から2番目と3番目のランナーを務める予定になっているらしいですよ。

聖火ランナー第一走者となる野口みずきさん。
生年月日:1978年7月3日。
出身地 :三重県伊勢市。
身長  :151センチ。
体重  :40キロ。
血液型 :O型。
学歴  :宇治山田商高
所属  :ワコール ⇒ グローバリー ⇒ シスメックス。

2003年:世界選手権パリ大会銀メダル。
2004年:アテネ五輪金メダル。
2005年:ベルリンマラソンで、日本記録となる2時間19分12秒をマークして金メダル。
2008年:北京五輪は直前の故障で欠場。
2013年:世界選手権モスクワ大会は途中棄権。
♦野口みずきさんの持つ日本人女子2時間19分12秒の記録は、まだ誰も破ることが出来ません。

レスリングの吉田沙保里さんは、現在CMやバラエティなどテレビで活躍されています。
「霊長類最強女子」と呼ばれていた吉田沙保里さんは、アテネ五輪では中国、イタリア、フランス、カナダの代表選手を相手に、見事な勝利を収めて金メダルを獲得。

北京五輪でも、スウェーデン、ロシア、カナダ、中国の代表選手を次々打ち破り、見事オリンピック2連覇を成し遂げました。

吉田沙保里さんはロンドン五輪でも、圧倒的な強さを発揮しましたね。アメリカ、アゼルバイジャンの代表を下し、準決勝に進出するとコブロワを破り、決勝でもカナダのトーニャ・バービークに勝って、オリンピック3連覇を成し遂げています。

野村忠宏氏は、男子柔道60kg級でオリンピック3連覇達成しています。小柄な身体から放つ多彩な技を武器とするだけでなく、ディフェンス能力は天才的だとさえ言われていました。そして「小さな巨人」とか「平成の三四郎」などと呼ばれていたそうですね。

日本代表に選出された野村忠宏氏は、アトランタ五輪で一つ目の金メダルを獲得しました。
シドニー五輪の舞台に立った野村忠宏氏は、決勝まで圧倒的な強さを見せつけて勝利を重ねます。決勝戦でチョン・ブギョンと対戦して、隅落(すみおとし)の見事な一本勝ちを魅せて、二つ目の金メダル獲得です。

野村忠宏氏は、五輪2連覇を成し遂げたことで引退を考え始めたりして、柔道に対する情熱が薄れはじめていました。心機一転を図りアメリカに留学。2年間のリフレッシュ期間を経て戻りますが、アテネ五輪に向けての情熱は一向に燃え上がらず、調子も戻ってきません。

そんな中、五輪直前の全日本選抜柔道体重別選手権で優勝して代表入りをしたことで、「負けても良いや」と言う、気楽な気持ちで試合に臨めるようになったと言う。

そこから、野村忠宏氏は精神的な強さと確実な技をを手に入れて、決勝戦では、ネストル・ヘルギアニを下して、日本人初の五輪3連覇を果たしています。

今回は、聖火ランナー第一走者に決まった野口みずきについて、調べてみたいと思います。

スポンサーリンク

野口みずきはアテネ五輪で金メダル!ベルリンマラソンも金!

野口みずきさんは、中学1年生で陸上部に入り高校ではインターハイに出場。社会人では中距離競技などで活躍し、ハーフマラソンの女王と呼ばれていました。

しかし、2000年札幌国際ハーフマラソンで、高橋尚子さんと対戦し破れました。
その年のシドニー五輪マラソンで、高橋尚子さんは金メダルに輝いています。

高橋尚子さんのあとを追うように、ハーフからマラソンに転向した野口みずきさんは、2002年の名古屋国際女子マラソンに初出場すると、2時間25分35秒で初マラソン初優勝の快挙。

2003年1月に行われた大阪国際女子マラソン。これが野口みずきさんのフルマラソン2回目。
この年の大阪国際女子マラソンは、千葉真子さんや坂本直子さんなどとの、日本選手同士が優勝を争う快速マラソンとなりました。優勝したのは野口みずきさんで、タイムは2時間21分18秒。

初マラソンも、2回目のマラソンも優勝しているのですから凄いですよね。それも、走る度に記録を更新する感じでしたから、素晴らしい潜在能力があったと言うことでしょう。

大阪国際女子マラソンは、世界選手権パリ大会の予選を兼ねていました。野口みずきさんは千葉真子さん、坂本直子さんと共に、2003年8月の世界選手権に出場しています。

世界選手権パリ大会では、当時世界2位の記録を持っていたケニアのキャサリン・ヌレデバが優勝。しかし2着でゴールした野口みずきさんは、2004年アテネオリンピックのマラソン代表に選出されました。

2004年アテネオリンピック女子マラソン
現地時間の8月22日午後6時にスタート。この時の午後6時は30度を超す猛暑で、非常に過酷なレース。東京五輪は札幌に変更されましたが、2004年のアテネも午後6時過ぎで30度の猛暑でした。

日本代表選手は野口みずき選手、坂本直子選手、土佐礼子選手の3人。
外国勢では、ケニアのヌレデバ、2時間15分25秒の世界1位記録を持つイギリスのポーラ・ラドクリフ選手などが、優勝争いに絡んでくるだろうと予想されていました。

ところが、野口みずき選手が仕掛けたロングスパートに、誰ひとり着いて来ることができない。暑さと難コースで何人もの選手がリタイアする・・・ドーハの世界陸上と同じようなことが起きていたのです。

世界最速記録を持つラドクリフ選手は36Km付近で棄権してしまった。
後半追い込んで2位になったヌレデバ選手も、ゴールすると同時に嘔吐してしまったと言います。そんな中で野口みずき選手は2時間26分20秒で見事に走り切り、アテネ五輪で金メダルを獲得したのです。

また、翌2005年9月25日に行われたベルリンマラソンで、2時間19分12秒(当時歴代3位)をマークし優勝しましたが、この時の記録・・・日本人女子では誰も破っていません。

2017年11月の東京国際女子マラソンでは、2時間21分37秒で優勝し、2008年の北京オリンピックの代表に選出されました。ところが、度重なる足の故障に見舞われ、北京オリンピックの代表を辞退することになってしまったのです。

2012年そして2016年と、2度のオリンピック選考会落選を受けて引退を発表。
引退レースとなってしまった2016年の名古屋ウィメンズマラソン終了後、「30Km過ぎから、走っている人も、沿道の人達も、私をずっと応援してくれて、花道のようだった」と語っていました。

下記アドレスをクリックすると、野口みずきさんの戦績一覧を見ることが出来ます。
tps://www.jaaf.or.jp/fan/player/wom003.html

結婚して中国の上海で暮らす野口みずきさん!

今は結婚されて中国にお住まいの野口みずきさんですが、どのような暮らしをされているのか、気になりますよね。少し調べてみましょう。

野口みずきさんのお住まいは現在、結婚した旦那様の職場移動に伴い中国の上海です。何よりも結婚生活を最優先に考えている野口みずきさんは、月に一度か二度、ゲストランナーなどで上海と日本を往復しているくらいだと言います。

ゲスト出場された時は、集まったランニング好きの方々に、走ることの楽しさを伝えていると言います。

引退後3か月で結婚されたと聞いていますが、上海に移住して間もない頃、上海アシックス社に声をかけられてハーフマラソンのゲストとして出場したそうですが、日本とは違う内容に驚いたそうです。

中国の場合は、ゲスト出場であっても、きっちりとハーフの距離21.0795キロを走るのが当たり前。ところが、日本では5キロ程度を軽く走るだけなので、その違いに驚いたとか。

このハーフマラソンのコースに、2008年北京五輪のメイン会場だった「鳥の巣」がありました。「鳥の巣」を見ながら走る野口みずきさんの脳裏には、五輪連覇を狙っていたのに、故障で北京五輪出場を辞退せざるを得なかった8年前のことが浮かんでいました。

8年前には走れなかったところを走っている自分の姿に、「何か不思議な縁」を感じると同時に、「8年も経ってから走れるなんて面白いな」って・・・楽しかったみたい。

そのレースでは、設定されていたペースよりも早く、1時間42分台で走った野口みずきさんでしたが、笑いながら「心臓が止まるかと思った!」と、話されていたようです。

勉強や買い物そして食事の支度などで、あっという間に1日が過ぎてしまうらしいのですが、そんな毎日の中で野口みずきさんは、海外で暮らしてみて初めて分かったそうです、金メダルの価値が!

日本では金メダリストと言っても、さほど大騒ぎしません。でも中国では、イベントに呼ばれて出かければ、どっと子供が押し寄せ、メダルを見せると「わあっ!」と大歓声をあげ、目をか輝かせる。素直な、素朴な質問をどんどんぶつけてくるそうです。

スポーツに関しては、日本も中国も変わらないと言うことを肌で感じ、そしてまた、今の中国はひと昔前の日本みたいで、ランニング熱が凄いブームになっていると言う野口みずきさん。子供たちがあまりにも純粋なので、心打たれて涙が出そうになることもあるらしい。

スポーツは世界共通ですね。たとえ言葉は通じなくても、一緒に楽しむことが出来るのですから。

最初の頃は、上海での生活は戸惑うこともあったそうです。合宿やレースで海外は慣れていた筈だったのですが、生活してみると多少の違和感はあったらしいですね。

でも、何でも楽しむタイプだと言う野口みずきさんは非常に前向きで、週2回はマンツーマンで中国語の勉強されてたし、料理も頑張っていたそうですから、今はもう、周りに溶け込んでいるでしょう。

上海に旅される方は多いと思いますが、上海に移住してから2年くらいになるのでしょうか、今では中国語がペラペラの野口みずきさんにお目にかかれるかも知れませんよ。

まとめ

2020年3月21日、採火式は古代五輪発祥の地とされるギリシャ西部オリンピア市で行われ、ギリシャ国内で8日間のリレーが始まりますが、ギリシャ人ランナーに続いて、野口みずきさんが第一走者としてトーチを掲げて走ります。

2004年アテネ五輪が開催されたギリシャの地に、聖火ランナー第一走者として立った時、野口みずきさんの胸に去来するものは、どんなことなのでしょう・・・

過酷を極め、暑さに棄権者も多かったアテネ五輪。
2004年、パナシナイコ競技場にトップで飛び込んできたのは、151センチの小柄な野口みずきさん。
2003年の世界選手権覇者ヌデレバの猛追を受けながら逃げ切り金メダルを獲得。

16年前の輝かしい栄光のシーンが、聖火ランナー第一走者野口みずきさんの脳裏に、くっきりと浮かび上がる・・・かも知れません。

また柔道男子五輪3連覇の野村忠宏氏と、レスリング女子五輪3連覇の吉田沙保里氏は、アテネのパナシナイコ競技場で開かれる聖火の引き継ぎ式に登場し、最後から2番目と3番目のランナーを務める予定になっているらしいので、こちらも楽しみ。

男子マラソンなども、あと1枠がどうなるのか・・・これも3月末には結果が出そう。
2020年3月から東京五輪モードに突入・・・ですね。

スポンサーリンク

おすすめの記事