黒柳徹子 大感激!一番会いたかった三浦祐太朗と一緒にプレイバックの振り付け!

黒柳徹子さんの “今一番会いたい人” は三浦祐太朗さんだった。
三浦祐太朗さんが「徹子の部屋」に登場するのは5年ぶり。

黒柳さんが三浦祐太朗さんに、山口百恵さんの「プレイバック Part 2」の振り付けを一緒にやりたい・・・とムチャぶり?!

内心、戸惑いはあったかもしれないけど・・・三浦祐太朗さんは何気ない様子で、歌いながら黒柳徹子さんと一緒に振り付けを披露。その後で黒柳徹子さんは喜びのあまり「今晩寝られるかしら!?」。

スタジオで、三浦祐太朗さんがアコースティックバージョンで、 山口百恵さんの名曲「さよならの向う側」を歌うと聞いた時から、黒柳徹子さんは「本当?嬉しい!」と大喜びをしていたそうです。

黒柳徹子さんは「この曲でマイクを置いた百恵さんの英断を本当に尊敬します」と。
その言葉に三浦祐太朗さんは「母が置いた ”さよならの向う側” にあるマイクを僕が拾って、歌い継いでいきたい」・・・熱い思いを語っていました。

黒柳徹子さんは、「祐太朗さんが歌ってらっしゃるのを見ていたら、お母さまの百恵さんにとても似てらっしゃるので、当時のいろんなことを思い出して、胸がいっぱいになりました」と感激もひとしお。

♦アコースティックバージョンとは・・・本物のピアノや本物のギターを使用して演奏すること。シンセサイザーなどを使わない演奏。

三浦祐太朗さんが登場するのは、9月27日のPM7:00、「徹子の部屋SP TVエンタメ伝説の名場面史」です。テレビ朝日開局60年を迎えた名物番組を、MCの黒柳徹子さんと豪華ゲストで振り返る特番。

三浦祐太朗さんの父で俳優の三浦友和さんが、歌手だった山口百恵さんと、結婚後に「徹子の部屋」に出演した時、番組史上最高視聴率(14.5%、ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した「神回」や、15歳の山口百恵さんと黒柳徹子さんが共演した貴重映像も登場するとか。

三浦祐太朗さんが「可愛いですね・・・ほんとに」思わずつぶやいたのは、15歳だった山口百恵さんが出演していた映像を見た時でした。

黒柳徹子さんの「今一番会いたい人」として登場した三浦祐太朗さん。
大スターを両親に持つ三浦祐太朗さんの、学生時代から現在までのエピソードを、写真と共に振り返る・・・

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44年目に突入した”徹子の部屋”!正直じゃないといけない!

44年目に突入した「徹子の部屋」・・・秘蔵映像が、走馬灯のように次々と流れて懐かしい思い出が蘇りました。ご覧になった多くの方々も、過ぎ去った月日の長さを感じられたのではないでしょうか。

「徹子の部屋」の秘蔵映像から、著名人の歴史を垣間見ることが出来るので、これもまた凄いこと。  画面を彩る芸能人の方々についての思い出もさることながら、「徹子の部屋」がスタートした時に生まれた方が、現在は43才にもなっているのですよね。

多くの方が結婚して子供が生まれ、生まれた子供も成人している・・・ような年齢になっていることを考えると、43年間もの長い間続いている「徹子の部屋」の凄さ・・・を改めて感じます。

芸能人の方々も「徹子の部屋」に出たい、出るのが一つの夢になってる・・・と話している方もいましたから、芸能人にとっては一つの登竜門的な番組になっているみたいですね。「徹子の部屋」に呼ばれたら芸能人として認められた証・・・のような感じになっている。

黒柳徹子さんは、インタビューでこんなことを話されていました。
”1万人以上の方とお会いしているんですが、ゲストの皆さんが、いろんなことを話して下さっているなと・・・感謝の気持ちでいっぱいです” と。

”また、何故そんなことを聞いてしまうの・・・と思うくらい、失礼なことを伺っているんですけれど、皆さん、きちんと答えて下さっていて・・・何だか申し訳ない気持ちになりましたけど、伺っておいてよかった!”

”やはり正直じゃないといけない。作り物ではない番組から出てくるものが一番いいのかなと思っているし、そういうのが人の心を打つのかな・・・って。今回の番組は、自分で見ても面白くて笑ったくらいだから、皆さんも面白く見ていただけるでしょう。”

とにかく、黒柳徹子さんの歯に衣着せぬ喋りがいいのでしょう。何でも単刀直入で「ズバッ」と聞かれますから。普通なら聞けないような質問も、黒柳徹子さんにかかるとすんなり・・・なんですよね。

また、ゲストの方も「徹子の部屋」に出る時は、ある程度のことは覚悟??して出演されているのかも知れません。”かなり突っ込んだ質問をされるだろう”と腹を決めているような・・・このことだけでも、他の番組には真似できない強さがあります。

視聴者も、黒柳徹子さんなら聞いてくれるかも知れないと、期待してみているところもあるのでしょう。どこまで番組が続くのか、とても楽しみだし、新たなゲストがどれくらい増えていくのかも楽しみ。

大スター山口百恵さん!”さようならの向こう側”を最後にそっと置いたマイク!

40年前の山口百恵引退ステージ・・・多くの方々の、記憶の中に残っているのではないでしょうか。引退ステージはテレビで放送されましたが、何しろ、人気絶頂の中で引退されたのですから。

引退コンサートは、1980年9月30日から開催され、札幌、福岡、大阪、名古屋、東京は一番最後でしたね。1980年10月5日、引退コンサート最後の日、各テレビ局ではトップニュースで報道されました。

日本武道館で行われた引退コンサートのチケットは争奪戦となり、1万人を超えるファンが武道館に駆け付けました。谷村新司さん、森光子さん、西城秀樹さん、野口五郎さんなど、当時の人気スターも続々駆け付けたのです。

引退コンサートでは次々ヒット曲を歌いあげて終了。観客のアンコールに答え再度登場した山口百恵さんは、涙をこらえながら、ファンにメッセージを伝えます。

わがままな生き方を通してしまいます。お仕事は全面的に引退させていただきます。ありがとうの言葉をどれだけ重ねても、わたしの気持ちには追いつけないと思います。わがままを許してくれてありがとう。幸せになります”

うろ覚えなので、正確ではないかも知れませんがメッセージの一部です。
心の中に強く残っていた言葉が上記のようなものでした。

そして・・・”さようならの向こう側”を、しっとりと心を込めて歌いあげた山口百恵さんは、握りしめていたマイクをそっと・・・前に置きました。

山口百恵(やまぐち ももえ)。
三浦百恵:現在
生年月日:1959年1月17日
出身地 :東京都渋谷区。
幼少時 :神奈川県横浜市瀬谷区。
学歴  :横須賀市立鶴久保小学校卒業。横須賀市立不入斗中学校。日出女子学園高等学校卒業。
横須賀市立不入斗中学校時代にスター誕生!に出場しています。

家族。
夫 :俳優の三浦友和。
長男:シンガーソングライターの三浦祐太朗。
次男:俳優の三浦貴大

スター誕生に応募し、20社から指名を受けました。
スター誕生に応募したのは、同い年の森昌子さんがテレビで活躍しているのを見て「自分も森昌子さんのようになりたい」と思ったからだとか。

歌手としてデビュー後は、森昌子さんや桜田淳子さんと共に「花の中三トリオ」と呼ばれていました。

1974年の「ひと夏の経験」の大ヒットで山口百恵さんは絶大な人気を獲得。きわどい歌詞の内容とかけ離れた年齢の低さが、ビジュアル面では純朴な少女というイメージを与え、歌とビジュアルのギャップ、それに伴うある種の背徳感が、山口百恵さんの人気を独特なものにしていったと言われているそうです。

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「ひと夏の経験」の大ヒットした1974年、名作『伊豆の踊子』に主演して演技でも評価されました。この映画で共演した相手役が後に夫となる三浦友和さんだったのですが、それ以前にもグリコプリッツのCMで共演していました。

1976年 にはブロマイドの年間売上第1位に輝き、この年リリースされた「横須賀ストーリー」から阿木燿子さんと宇崎竜童夫妻の作品を歌い、新境地を開いたのです。

自ら阿木燿子さんと宇崎竜童夫妻を指名した山口百恵さんは、引退するまで宇崎竜童夫妻の作品を歌い続け、数々の作品は大ヒットの連続となり、山口百恵さんの世界を決定的に形成しました。

そっとマイクを置いた山口百恵さん

1979年10月20日、大阪厚生年金会館のリサイタルで「私が好きな人は、三浦友和さんです」と、恋人宣言を突如発表。その後三浦友和さんも記者会見で「結婚を前提にして付き合っています」と語った。

1980年3月7日には三浦友和さんとの婚約発表。同時に「我儘な生き方を私は選びました。お仕事は全面的に、引退させて頂きます」と芸能界引退を公表。

東京武道館での引退コンサートで、”さようならの向こう側”を、心を込めて歌いあげ、ファンに別れをつげて40年。一度も表舞台に姿を現していません。

まとめ

黒柳徹子さんの “今一番会いたい人” は三浦祐太朗さんだった。

5年ぶりに、三浦祐太朗さんが「徹子の部屋」に登場しましたが、黒柳徹子さんは40年前を振り返って、「あの頃の百恵さんって 本当にステキだったの!”プレイバック Part2”だけでなく、歌も全部百恵さんにピッタリ合っていたし、すごく気持ちのこもった歌い方だった」と。

「祐太朗さんを見ていて、とても百恵さんのことを思い出した一日でした。祐太朗さんはお母さまに似ていてルックスもいいし、すごく柔らかい 声もいいなと思って見ていました」

三浦祐太朗さんのエピソードの中で、バンドとしてステージに立った三浦祐太朗さんの晴れ舞台を見るために、三浦(山口)百恵さんがこっそり会場に来ていたことなど、まるで事件簿を見るような形で次々飛び出してくる演出に、 黒柳徹子さんは大興奮だったそうです。

三浦祐太朗さんは、 ”百恵さんの曲でカバーアルバムを作らないか” と言われ悩んでいた時、母に相談すると「私が生きているうちに息子の声でカバーアルバムが聴けるのは幸せだよ」と背中を押してくれたと語りました。

それを聞いた黒柳徹子さんは「それ、涙が出るくらい素晴らしいことだと思いますよ」としみじみ・・・
会いたかった三浦祐太朗さんと5年ぶりに再会した黒柳徹子さんは、”プレイバック Part2”で一緒に振り付けをして、「眠れるかしら!」と言うほど喜ぶなど、充実した1日だったようですね。

様々な懐かしい秘蔵映像に、思い出がよみがえり、若かりし頃の自分に戻れたように感じたひと時でした。これからも、いろいろなゲストとの楽しい会話を楽しみにしています。

「徹子の部屋」の長寿記録、どこまでも伸ばして下さい!

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