杉村太蔵 成功の秘訣??派遣の仕事で便器ピカピカに磨きあげ運を切り開く!

いつも不思議に思う・・・長きにわたり活躍し続けている杉村太蔵さんのこと。

2005年に、全国公募に応募して急遽出馬し当選。サラリーマンから衆議院議員になった時にはメディアが喜ぶような失言が相次ぎましたよね。気の利いたことを言ったつもりが、「公にしない方がいい?」ことをついポロリ、ポロリ・・・と。

皮肉なことに、失言が度々マスコミに取り上げられたことにより、名前と顔が売れ有名人???のような状態に・・・普通なら一年生議員が、名前と顔を覚えてもらうなんてあまりない。

国会議員としての特権内容など、失言により次々と公にしてしまった杉村太蔵さんに、当然ですが批判が殺到し党本部にも苦情電話が鳴り響き上役から大叱責。謝罪会見を開きました。当時、日本の政治史上で一番チャラかった国会議員だと言われていました。

政治家を辞めてからタレントに転身したのが約10年前。現在は自ら会社を設立し社長として経営に携わりながら、タレント・政治評論家・コメンテーターとしても活躍。

不思議だと感じているのは、芸能界と言う浮き沈みの激しい世界で、しっかりと根を張っているように思えるからなんです。タレントに転身してから10年ですよ。これって結構凄いことでしょう。芸能界では多少人気が出ても、いつの間にか消えてしまう人がほとんどですから。

いろいろ考えてみたのですが、杉村太蔵さんは、派遣社員時代から、どんなことでも全力で取り組み、何かに付けて機転が利いたと言います。「機転が利く」って、何でもないことのようで凄い才能なんですよね。

何事にも全力で取り組むことと、機転が利く・・・これって、できそうで出来ないんですよね。これが長期活躍し続ける要素・・・秘訣かも知れませんよ。

今は、新型コロナの影響で誰もが動けませんけれど、そんな中でも杉村太蔵さんの名前がちょこちょこ出てくるんですよ。新型コロナになる以前は、投資などの講演依頼が結構あって全国を飛び回っているようなことを聞いています。

かなり稼いだと話していますし、Kindle版ですが書籍をだしています。タイトルは『バカでも資産1億円「儲け」をつかむ技術 』だとか。投資についての「講演」依頼がかなりあると言いますから凄い。

杉村太蔵さんは、中々のツワモノかもしれませんよ。実業家以外でもタレント・コメンテーターとして、衆議院議員時代にやらかした失言の数々を、ネタにして稼いでいますからね。転んでも「ただ」では起きない・・・と言う頼もしいタイプかな。

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バイトで便器を磨き上げ道を切り開き!意外な才能を発揮!

杉村太蔵さんて、お坊ちゃま育ちだったんですね。
お祖父様とお父様は、2代続く歯科医院を経営していました。
曽祖父は弁護士だったとか。

長男の杉村太蔵さんに、歯科医院を継いで欲しいと思っていたお父様ですが、太臓さんはテニスにのめり込んでいました。小学4年制からテニスを始めたそうですが、高校三年生の時には国体で優勝しているんです。ダブルスですけれど。

高校卒業前には、全国の有名大学からスポーツ推薦のオファーもきていたといいますから、かなりの腕前だったのでしょう。何時だったか・・・テレビ番組でテニスをしているのを見たことがありました。

「浪人してもいいから歯学部に入り歯科医になって欲しい」とお父様に言われていたにも関わらず、スポーツ推薦で筑波大学に入ってしまったんですね。

お父様の言葉を無視してまで入った筑波大学でしたが、専門の体育学を学びながら全く興味がわかず、テニスが続けたくてスポーツ推薦入学をしたはずなのに、テニスに対しても情熱がなくなりつつあったようです。

杉村太蔵さんは、男性ばかりの体育専門学部で退屈な毎日を過ごしていましたが、ある時、キャンパスで女子の姿を見つけ「これだ!これが求めていたキャンパスライフだ」と思ったのだとか。

キャンパスで見かけた女子は法学部だとわかり、法学の授業を履修するようになっただけではなく、杉村太蔵さんは司法試験を目指そうと決め、昼間は大学で夜は予備校に通い、しっかりと勉強したそうです。

しかし、予備校に通い続け大学にはほとんど行かなかったことが、親にバレてしまったため、仕送りを打ち切られてしまいました。しかし、大学は2年間も留年していて卒業できる見込みもない。その上、何も手を打っていないので仕事が見つかる筈もありません。

思い余って、北海道に戻り歯科医院を手伝うと伝えたところ、お父様からは「資格がないのに歯科医の仕事ができるわけがない!働くことが出来なければ死ぬしかない!」と厳しい言葉が。

父の言葉に愕然とした杉村太蔵さんは、初めて気がついたのです。「自分で働かない限り生きてはいけない」のだと言うことに・・・

それまでは好きなことをやりながら気楽に生きてきたのですが、死ぬか生きるか・・・の瀬戸際に追いこまれて、初めて働く気持ちになりましたが、簡単に仕事が見つかるはずもありません。

生きていくために派遣会社に登録して最初の仕事がWC(お手洗)の清掃でした。好きなことをやって過ごしてきた学生生活から、いきなりWC(お手洗)の清掃・・・

中々出来ませんよ切り替えが・・・でも杉村太蔵さんはしっかりと切り替えました。生きていくために。それに根が真面目で、どんなことでも真剣に取り組む人だったのですね。

人生初の仕事で派遣されたのはオフィスビルのWC(お手洗)の清掃。時給は¥800円でしたが、誰よりも真面目に必死に掃除に取り組み、便器をピカピカに磨き上げるまでになっていました。

それを見ていた方がいたのですね、掃除に真剣に打ち込む杉村太蔵さんの姿を・・・ある日、外資系の証券会社の重役から「君はまだ若いし、将来必ず成功する。うちの社の入社試験が一週間後にあるから受けてみないか」と声をかけられたのです。

もちろん、声をかけられた杉村太蔵さんは入社試験を受けました。そして見事合格。証券マンとして働き始めた杉村太蔵さん。実は、意外な才能を持ち合わせていたんですよ、天性のものでしょうね。つまり一歩先を読む・・・気が利く対応とでも言うのかな。機転が利くと言う才能ですね。

上司や同僚に、ボールペンを持ってきて欲しいと頼まれれば、赤と黒と青の3色を揃えた上に、蛍光ペンと修正液を添えてさり気なく差し出したり、蛍光灯の交換を依頼されたら、さり気なく、その周りの掃除もしてしまうなど・・・

例え、どんな仕事であっても真面目に全力でやる・・・言われたことだけではなく、その時できることをさり気なくやってしまう杉村太蔵さんの仕事ぶりは、社内でも認められつつあったと言います。

意外ですよね、国会議員時代の連続失言で「最もチャラい議員」だと言われていたのに、言われたことだけではなく、その時できることをさり気なくやってしまう才能があったなんて。

国会議員になり調子に乗ってついポロリ・・・批判殺到!

そんなある日、上司の命令で「郵政民営化」について調べていた時のこと、自民党のホームページで衆議院議員選挙の候補者を募集しているのを見つけました。折しも「郵政民営化」について調べていたので、調べたことをまとめあげた書類を、自民党宛に送付してみた杉村太蔵さん。

書類を送付して間もなく、「自民党」から電話がかかってきたそうです。何度か面接があって、あっという間に「自民党」から立候補することが決まってしまいました。

どんなことでも真剣に必死に取り組むのが杉村太蔵さん。もちろん選挙活動も必死に取り組み、寝食を忘れるほど頑張り抜きました。その結果見事に当選したのです。

凄いですよね。実家から仕送りを打ち切られ、生きるために時給800円でWC(お手洗い)の掃除をはじめると、真面目に取り組む姿勢が目に止まり、証券マンとして働きはじめたところ、今度は「自民党」の国会議員にまでなっちゃった杉村太蔵さん。

ところが、ちょっと調子に乗りやすいところがある杉村太蔵さんは、言わずもがな・・・の失言ばかり。本人は軽い気持ちで・・・「JRは乗り放題らしい」とか「BMWを持つことが夢だった」とか「早く、料亭に言ってみたい」などなど。取り上げればきりがないほど。

杉村太蔵さんへの批判は中々収まらず、自民党の本部にまで苦情電話が殺到したそうです。上役からはこっぴどく叱られ、テレビで謝罪会見をして頭をさげた。今思い出しても大変な騒ぎだったように思う。

杉村太蔵さんは、自分が知り得たことをみんなに教えてあげたい気持ちが先に立ち、言わなくてもいいことをついポロリ。もう、15年も前の話ですけれど、いいところをみせたい・・・と言う気持ちの為せる技だったのかもしれない。

新人議員が、あれほどマスコミに取り上げられるのも珍しかったと思いますが、幸か不幸か・・・杉村太蔵さんは名前と顔を覚えられたことが、タレントに転身して成功した要因の一つかも知れません。

2010年にタレントに転身しましたが、失言が多く謝罪会見までした杉村太蔵さんは、顔と名前が売れていたので、それが有利に働いたことは確か。また時には、過去の失言をさらりと話してネタにできるところも受けているみたい。

ある番組である「タレント」の失言について取り上げていた時のこと・・・

「失言がどういうときに起きるかって言うと、やっぱりテンション上がった時に起きるんですよ。私も初当選直後は、テンションがMAXに上がっていたので、ウケを狙う感じで、料亭行ってみたいなんてポロッと言ってしまった」

などと、さりげない感じで話しています。その場に合わせて過去の失言を、軽妙に絡ませてくる上手さがあるようですね。サラリーマン時代から機転を利かせ、上司に認められていますから、機転が利くと言うのは「才能」の一つですね。

まとめ

杉村太蔵は1979年8月13日生まれですから、8月には41才になります。

2005年に、全国公募に応募して急遽出馬し当選しましたが、やはり「幸運」に恵まれていました。

上司の命令で「郵政民営化」について詳しく調べていた時に、自民党のホームページで衆議院議員選挙の候補者を募集しているのを見つけたのです。「自民党」一次審査の論文課題が『郵政民営化と構造改革について』だったとので、調べ上げた内容をまとめあげたものを自民党に送付。

書類を送付して数日後に、「自民党」から電話がかかってきたそうです。何度か面接があって、あっという間に「自民党」から立候補することが決まりました。

国会議員になってからは、つい「ポロリ」・・・の失言が相次ぎ謝罪会見まで開来ましたが,そのおかげで名前と顔は売れました。

議員を辞めたあとタレントに転身しましたが、名前と顔が売れていた幸運がありましたから、やはり「持っている」人だったのかも知れません。

現在は、自ら会社を設立し社長として経営に携わりながら、タレント・政治評論家・コメンテーターを続けていますが、 Kindle版ですが『バカでも資産1億円 「儲け」をつかむ技術』を出版。

何でも真剣に全力で取り組み、頼まれたことだけではなく、その時できることをさり気なくやってしまう・・・機転が利く才能に恵まれていたことが、長きにわたり活躍できる要素なのかな。

ファンと言うわけではありませんが、面白い存在かな・・・なんて思いながら見ています。これからも機転を利かせながら、さらに長く活躍されるでしょうね。

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