小説家で尼僧、瀬戸内寂聴さんをご存知の方は多いと思います。
京都でタクシーに乗って「住所は知らないのですが寂庵に行きたいのです。わかりますか?」と聞いたら、「寂庵を知らなければ潜りです」と言う言葉が返ってくるそうです。

庵主 瀬戸内寂聴さんが、京都・嵯峨野に「曼陀羅山 寂庵」を開設されたのは1974年のことです。 普段(定例行事のとき以外)は、閉門しているそうです。

定期的に行われているのが「写経の会」「法話の会」です。
「写経の会」毎月1日。午前10時~午後3時 (受付は14時まで):参加予約は不要。

「法話の会」:午後1時 から。開門は12時30分からになっているようです。
定員:約150名:参加には事前申し込み(抽選)が必要だそうです。

小説家で尼僧、瀬戸内寂聴さんのエネルギーって凄いですよね。
96才になられたそうですが、秘書の瀬尾まなほさんに支えられながら、共に、生き生きと活動されています。次々に講演をこなし小説も発表されています。

2010年に脊髄圧迫骨折で入院し、3年間の寝たきり生活を経験されていました。その治療中に胆のう癌が見つかったのですが、医師からは「90歳を過ぎて手術をする人はいない」と言われたそうです。しかし瀬戸内寂聴さんは「すぐに取ってください」とその場で決断され、手術は成功しました。

2015年11月4日、「徹子の部屋」に出演された時には、入院中激痛に耐えかね「もう神も仏もない」と思ったことなども語り、現在がんは完治、痛みも全くなくお酒を飲んでいるなどと話されていました。

1973年に得度して瀬戸内寂聴さんになられましたが、それ以前は瀬戸内晴美の名前で小説を書いていらっしゃいました。1963年(昭和38年)には、「夏の終わりに」で女流文学賞を受賞されています。
得度: 出家して僧や尼になること。

また、瀬戸内寂聴さんの、尼僧としての活動は非常に高く評価されていました。麻薬で逮捕された荻原健一さんと積極的に交流を図り、更生に尽くしたことは有名なので、あなたもご存知かも知れません。

その他にも、死刑判決を受けた方々と文通をして、悩んでいる多くの方々に手を差し伸べています。特に死刑囚にも人権があると強く主張されていました。

一方では、多くの支援活動もされています。救援物資をもって、自ら飢えに苦しむイラクの人たちを訪問したり、同時多発テロの報復攻撃に反対しストライキを起こすなど、身体を張って行動をされています。

尼僧になるまでは、「恋多き女」と言われていた小説家の瀬戸内晴美さんには、いろいろな過去がありました。情熱の赴くままに恋をして不倫に落ちたことも一度ではありません。そして幼い子供を残してまでも不倫に走った時もあったのです。最後は裏切られて深く傷ついたことも・・・

子供を残して家を出た時は父親から「徳島の実家には帰ってくるな!」と言われたそうです。「確かに家族も恥ずかしい思いをしたのよ」と、対談した小保方晴子さんに語られていました。

このように波乱万丈の人生を送り、51才で得度された瀬戸内寂聴さんの生き様を、振り返ってみましょう。

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晴美時代も寂聴時代でも数々の受賞!天台宗住職から名誉住職へ!

1973年に中尊寺にて天台宗で得度して、法名は寂聴となりました。得度した翌年には、比叡山で60日間の行を経て京都嵯峨野で寂庵と名付けた庵に移り住み、週末には青空説法などを行うなど、積極的に活動していました。

僧位は権大僧正。
現在は名誉住職:仏教の住持職を引退した僧侶の称号。名誉称号。
天台寺の名誉住職を務める作家の瀬戸内寂聴さん。一般には名誉職・・・すなわち名目上の地位ですが、勇退後も寺社の行事に関わることも多いそうです。

瀬戸内 寂聴(せとうち じゃくちょう)。
得度以前:瀬戸内晴美。
生年月日:1922年(大正11年)5月15日 。
職  業:小説家、天台宗の尼僧。京都府在住。
出身地 : 徳島県徳島市塀裏町。
学  歴:徳島県立高等女学校・東京女子大学国語専攻部卒業。

1997年文化功労者、2006年文化勲章。
学位は文学士(東京女子大学)。
元天台寺住職、現名誉住職。
比叡山延暦寺禅光坊住職。
元敦賀短期大学学長。徳島市名誉市民。
京都市名誉市民。

代表作には『夏の終り』や『花に問え』『場所』など多数。1988年以降には『源氏物語』に関連する著作が多い。下記は代表作や受賞歴。

小説の代表作。
1958年:「花芯」
1963年:「夏の終り」
1992年:「花に問え」
2001年:「場所」

上記の代表作以外に「かの子撩乱」「美は乱調にあり」「現代語訳源氏物語」など多数。

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主な受賞歴。
1956年:新潮同人雑誌賞。
1961年:田村俊子賞。
1963年:女流文学賞。
1992年:谷崎潤一郎賞。
1996年:芸術選奨)。
2001年:野間文芸賞。
2006年:文化勲章。
2011年:泉鏡花文学賞。
2018年:朝日賞。
1956年:「痛い靴」:デビュー作。

上記のように数々の賞を受賞されているのですね。やはり凄い方。今更ですが書き続ける力は96才になられた今も、全く衰えていないのですから凄いとしか言えません。

1992年に「花に問え」では、一遍上人の一生を書いた作品で谷崎潤一郎賞を受賞しました。
1998年に出した『寂聴 般若心経』は、1年で43万部を売るベストセラーとなりました。

「死ぬまで何か意義のあることをして暮らしたい。それが私にとって小説を書くことなんです」と語られている瀬戸内寂聴さんにとって、「書く」ことは天職と言えるかもしれません。

96年の経験から語られた言葉には重みがある!

瀬戸内寂聴さんの最近の書に「愛する言葉 あなたへ」と言うのがあります。

長く生きて愛についてわかったこと
人はなぜこの世に生きているのでしょう。それは愛するためです。
愛する人にめぐりあうために、人はこの世に生まれだされます。

最初のページを開くと、まず目に飛び込んできたのが、このような言葉でした。

波乱万丈の人生を送り得度された瀬戸内寂聴さん。ご自身が歩まれた人生を基に、飾らない言葉で、語り掛ける言葉には何故か、ほろりとくる優しさと暖かさがこもっています。

そしてまた、生きていくためにはいろいろなことがあり、長い人生の中で、出会には必ず別れがあると、瀬月内寂聴さんは話されています。出会うと言うことは、どんな形であれ、別れは必ず訪れると言うことでしょうね。別れの形は様々ですけれど・・・

めぐり合った時の喜び、恋に破れての別れ、死別による別れなど形は違っても、寂しさや悲しさは同じ。この経験を繰り返し体験することで人間は鍛えられていく・・・瀬戸内寂聴さんのおっしゃっる通り、多くの経験を積み重ね、人は強くなっていくのかもしれませんね。

「愛する言葉 あなたへ」の中にこのような言葉がありました。

出会いがいつまでも心に残る男よりも、別れ方が心に染みついている男の方が、時が経ってしまうと、本当の愛が深かったのではないかと思えるようになってきた・・・と。

これはあくまでも、わたしの想像でしかありませんが、「愛する言葉 あなたへ」の核心がこれではないのかな・・・と思える言葉がありました。

「私が出家する原因になった男も、私と別れた後、まだ五十代で自殺しました。私との恋愛がなければ彼はもっと安穏な平穏な人生が送れたのではないかと思うと、かわいそうでなりません」と。

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そしてさらに「自殺の知らせを受けた時、ああ、私はこの男を弔うために出家していたのかと、つくづく思いました」と綴られています。

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「愛する言葉 あなたへ」には珠玉の言葉が詰まっています。次はちょっと面白くて考えさせられる言葉がでてきました。
下記画像元のアドレス ⇒ https://is.gd/qKSma5

美女は五十を過ぎると、がくっと老けて、「元美女」になってしまう。おかめは年をとってもおかめで、むしろ、年齢を増すごとに人間的魅力が浮かんできていい顔になる。
神様は決して不公平ではないなと思う。
美女よおごるなかれ、醜女よ嘆くことなかれ。

確かに、瀬戸内寂聴さんの言葉の通り、いつもテレビで見ていた美女が、「急に老けたんじゃない?!」と思う人が時々います。でも一方で、一向に年を取らず、いつまでも若くて奇麗な美女も多くなりました。

同じ美女でも年の取り方が違うのは、内面的なものや日頃の過ごし方によるのでしょうね。

「人を怨んでいたら心が悪くなり、心が悪くなると、器量も悪くなる」「高い化粧品を買うよりも、温かい心、優しい心を持って下さい」これも「愛する言葉 あなたへ」の中にある言葉です。高級化粧品を使うより、優しい心を持ち続ければ「芯から奇麗」になると言うことでしょう。

瀬戸内寂聴さんの何気ない一言に、はっと気づいたり、「なるほどそうね」とうなづいたりすることが本当に沢山あります。

ただ、ネットなどで調べても、瀬戸内寂聴さんの評判というのは決していい方ではありません。尼僧になるまでの不倫などのイメージがつきまとっているからだと思います。

不倫は決していいことではありません、誰かが必ず不幸に泣くのですから。そのような立場に立ちたくはないと思います。ただ、瀬戸内晴美時代に多くの恋や不倫をして、泣いたり、笑ったり、悩んだり、苦しんだりした経験があるからこそ、悩む人たちの心を解きほぐすような話ができるのも事実。

瀬戸内寂聴さんは、書いた小説が批判にさらされ、5年もの間干された辛さや悔しさもあったはず。だからこそ、人の心の痛みがわかるし、語られる言葉には真実があり、聞く人の心に響き、癒しの言葉となるのでしょうね。

表舞台から干されながら情熱の赴くままに駆け抜けた!

徳島県の仏壇店を営む三谷家の次女として生まれましたが、後に従祖母の家である瀬戸内家の養子となりました。

瀬戸内晴美さんは、東京女子大学在学中の21歳の時、お見合結婚をしていました。結婚した翌年の1945年には長女を出産、その後夫に同行して中国の北京に渡っています。

1946年に帰国した瀬戸内晴美さんは、こともあろうに夫の教え子と恋に落ちると、3才の長女を残して家を出てしまったのです。噂によれば、夫のDVが酷かった・・・などとも言われていましたが、真実のほどはわかっていません。

幼い子供を残して迄不倫に走った瀬戸内晴美さんですが、夫の教え子ともうまくいかなくなりました。夫の教え子だった方は、事業に失敗して五十代で自殺されたらしいのです。

その後、1950年に夫と正式離婚した瀬戸内晴美さんは、東京で本格的に小説家を目指し三谷晴美のペンネームで活動を開始。まず「少女世界」に少女小説が掲載されると、「少女世界社」・「ひまわり社」・「講談社」・「小学館」などで、次々小説や童話を書くようになりました。

処女作「痛い靴」を発表し、同じ年に「女子大生・曲愛玲」で新潮同人雑誌賞を受賞するなど、同人作家としても順調に階段を昇っていた瀬戸内晴美さんですが、批判の嵐に翻弄される事態がおきてしまったのです。

受賞後に執筆されたのが「花芯」ですが、ポルノ小説だという批判だけでなく、たびたび子宮という言葉が出てきたことが理由で批評家から「子宮作家」というレッテルを貼られてしまったのです。その後数年間は文芸雑誌から声がかからなかったといいます。

でも瀬戸内晴美さんは、悔しい気持ちはあったと思いますが落ち込むことなく、大衆雑誌や週刊誌で作品を発表するようになリ、上手く波に乗ると数々の作品を手掛けました。

丁度その頃、瀬戸内晴美さんは新たな恋に落ちて、妻子持ちの相手と不倫。その時の不倫恋愛体験を小説にしたものが、女流文学賞を受賞した「夏の終わり」という作品です。2013年には映画化されているのですが、あなたはご覧になっていたでしょうか。

この時の情熱が96才となられた今も尚、瀬戸内寂聴さんの体を熱く流れているように感じます。「いまだに恋愛小説を書いているのよ」と話されていますよね。心は衰えないのです。

まとめ

1973年に中尊寺にて天台宗で得度して、法名は寂聴となりました。得度した翌年には、比叡山で60日間の行を経て京都嵯峨野で寂庵と名付けた庵に移り住み、週末には青空説法などを行うなど、積極的に活動していました。

僧位は権大僧正。
現在は名誉住職:仏教の住持職を引退した僧侶の称号。名誉称号。
天台寺の名誉住職を務める作家の瀬戸内寂聴さん。一般には名誉職・・・すなわち名目上の地位ですが、勇退後も寺社の行事に関わることも多いそうです。

瀬戸内 寂聴(せとうち じゃくちょう)。
得度以前:瀬戸内晴美。
生年月日:1922年(大正11年)5月15日 。
職  業:小説家、天台宗の尼僧。京都府在住。
出身地 : 徳島県徳島市塀裏町。
学  歴:徳島県立高等女学校・東京女子大学国語専攻部卒業。

1997年文化功労者、2006年文化勲章。
学位は文学士(東京女子大学)。
元天台寺住職、現名誉住職。
比叡山延暦寺禅光坊住職。
元敦賀短期大学学長。徳島市名誉市民。
京都市名誉市民。

代表作には『夏の終り』や『花に問え』『場所』など多数。1988年以降には『源氏物語』に関連する著作が多い。下記は代表作や受賞歴。

小説の代表作。
1958年:「花芯」
1963年:「夏の終り」
1992年:「花に問え」
2001年:「場所」

尼僧になるまでは、「恋多き女」と言われていた小説家の瀬戸内晴美さんには、いろいろな過去がありました。情熱の赴くままに恋をして不倫に落ちたことも一度ではありません。そして幼い子供を残してまでも不倫に走った時もあったのです。最後は裏切られて深く傷ついたことも・・・

「人生や運命には、ものの流れと勢いがあって、それにはいくらがんばっても、逆らえないものがあるような気がします」96年間生きてこられた瀬戸内寂聴さんの言葉には、真実があります。本当にその通りだと感じることが多々あります。

小説家で尼僧、瀬戸内寂聴さんのエネルギーって凄いですよね。
96才になられたそうですが、秘書の瀬尾まなほさんに支えられながら、共に、生き生きと活動されています。次々に講演をこなし小説も発表されています。

「死ぬまで何か意義のあることをして暮らしたい。それが私にとって小説を書くことなんです」と語られている瀬戸内寂聴さんにとって、「書く」ことは天職と言えるかもしれません。

これから先、瀬戸内寂聴さんが、どのような小説を発表されるのか気になりますね。本を読むのが大好きなので楽しみ!

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