ムロツヨシさん、めちゃ売れていますね!
小泉孝太郎さんが親友だと言うことを、ご存知の方も沢山いらっしゃると思います。

ムロツヨシさんが、小泉孝太郎さんと弟の小泉進次郎さんも交え、まるで兄弟のように仲が良いと聞いたのは、2、3年ほど前だったでしょうか。元首相の小泉純一郎さんも一緒に食卓を囲むこともあるなど、小泉家に出入り自由なのです。

ムロツヨシさんは、2005年5月7日に公開された「交渉人 真下正義」(こうしょうにん ましたまさよし)で、共演した小泉孝太郎さんと意気投合し、それ以来親友として小泉家に出入りしています。
この時ムロツヨシさんは29才、小泉孝太郎さんは2才半年下で26才。

ある時など、孝太郎さんと進次郎さんが遊びに出かけ、ムロツヨシさんは小泉純一郎さんと2人きりで残されたこともあるくらい。それだけ信用されていたと言うことにもなるのかな。「小泉家」の名前を出しても構わないと言う、「お墨付き」をもらっていました。

ムロツヨシさんもいってましたね。「小泉家」の名前を何度も使わせていただきましたって。お正月には、小泉純一郎さんから「お年玉」をもらっていたそうですよ。

ムロツヨシさんの名前が全国的になったのは、2013年のNHKの「ごちそうさん」でした。一風変わりものの、アメリカ帰りの天才建築家を演じました。天才肌で気難しく強引な性格・・・という役柄。この時ムロツヨシさんは37才。製作はNHK大阪放送局で、総合テレビとBSプレミアムで放送されました。

その後は、あれよあれよと言う間に、映画やドラマに引っ張りだこの人気者。ムロツヨシさんの風貌と優しい笑顔は誰からも好かれ、何を演じても憎まれない。

丁度この年、NHKでウッチャン(内村光良)の『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』series-1が始まりました。3月18日まで放送され、このシリーズから総合テレビで放送。

『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』のレギュラー出演者は、内村光良さん、田中直樹さん(ココリコ)、ムロツヨシさん、塚地武雅さん(ドランクドラゴン)、じろうさん(シソンヌ)、中川大志さんの6人。

ムロツヨシさんは『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』で、妖怪「どうしたろうかしゃん」を演じて大人気。星野源さんも途中参加でしたが人気を博しています。内村光良さんは、きらりと光る新人を抜擢したのですが、その中にムロツヨシさんと星野源さんがいました。

ムロツヨシさんのブレークは、「LIFE!〜人生に捧げるコント〜」「ごちそうさん」の2つの番組の相乗効果もあったのではないかな・・・とも。

下積み時代は長かったムロツヨシさんですが、無名の役者として多数の作品に出演して、3枚目から真面目な役まで幅広く演じています。ここで俳優の基礎がつくられたのかも知れません。そして、多くの俳優や監督とのつながりも広がっていきました。

特筆べきは、ムロツヨシさんは佐藤二朗さんと共に「福田組」の常連として数多くの作品に出演していますが、福田雄一監督と巡り合えたことがブレイクに一役買っていると言われているほど。

また、ムロツヨシさんは、出演するだけでなく、PRする記者会見の場で、作品を上手にアピールして話題性を上げることにも長けていて、制作側からの評価も高いそうです。

このように誰からも愛されるムロツヨシさんですが、実は、生い立ちはあまりにも壮絶で、ある理由から本名を明かしていません。辛さを表に出すことなく、サラリと笑顔で語るムロツヨシさんを見ていると尚更泣ける・・・

ムロツヨシさんは辛い生い立ちとは、どのようなことだったのか、また、本名を明かさない理由とは何か・・・振り返ってみましょう。

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ムロツヨシさんが笑顔で乗り越えてきた壮絶な半生とは?

ムロツヨシさんを見ていると、楽しくて明るく優しいって感じがしますよね。
でも、人生いろいろなのです。幼いころから辛い思いを抱きながら暮らしてきたらしいのです。

ムロツヨシさんは神奈川県で、両親と姉との4人で暮らしていましたが、幼い頃から、毎日喧嘩が絶えない両親を見てきました。そして、ムロツヨシさんが4才の時両親は離婚してしまいました。

大工だった父親が親権を持つ事となり、5才年上の姉とムロツヨシさんは、母親と別れて暮らすことになりました。家を出ていくためトランクに荷物を詰め込む母親の姿を、今でもくっきりと覚えているとか。それから1度も母親にあったことはないそうです。

親権を持っている父親でしたが、間もなく育児放棄の状態となりました。それ以後は、姉と共に親戚の家に預けられます。しかし父親はすぐさま新しい女性を見つけて去ってしまいました。まだ4才だったムロツヨシさんと姉の2人を見向きもせずに。

ムロツヨシさんと姉は、鮮魚店を営む親戚(叔父・叔母)の家で育てられますが、叔父と叔母は店が忙しいため、同居している祖父母がムロツヨシさんと姉の世話をしてくれたと言います。

叔父も叔母も優しくしてくれたそうですし、従妹たちともよく遊んだようですが、4才の幼いムロツヨシさんは、まだまだ母親が恋しく甘えたい年頃、5才年上の姉にしても淋しかったでしょう。

ムロツヨシさんは、当時のことを振り返って「明るい子供でいるしかなかった。辛気臭い子供は居場所を失うから」と。幼いころからここまで考えなきゃならなかったなんて・・・

「防御本能だったと思います。嫌われたら居場所がなくなると言う・・・だから、ここにいて幸せだよと思わせることが必要だった」幸せをアピールするということですね。だから、笑顔で自分の居場所を確保していたのですね。

ムロツヨシさんが11才の時、父親が再婚(知らない女性だった)したのを機に、ムロツヨシさんと姉は、父親と再婚相手と暮らすために引っ越しました。一緒に暮らすと言っても、再婚相手には連れ子がいたので、2部屋借りたので住いは別々。

だけど、通常ならとても考えられない生活ですよね。隣家に父親と新しい家族がいて、ムロツヨシさんと5才年上の姉と二人で暮らすのが・・・どれほど辛いことなのか。

ムロツヨシ(本名非公開)
生年月日:1976年1月23日。
血液型 :A型。
出身地 :神奈川県出身。
学歴  :東京理科大学理学部数学科中退。
所属  :ASH&Dコーポレーション。

神奈川県内の公立高校を卒業し、一浪して、理系の一流大学を目指し予備校に通い、東京理科大学理学部数学科に合格。しかし、将来の目標を定めて入学してきた同級生と自分を比べたとき、何も考えていない自分に不安をおぼえました。

そんな時でした、深津絵里を目当てに観に行った舞台で、段田安則の演技に魅了されてしまい、「自分もやりたい」と、入学してわずか3週間で、退学届を出してしまいました。

祖母は「郵便局員になってほしかった・・・」と涙を流したそうです。そうですよね。あまり余裕がない中で大学まで進んだからには、安定した職について欲しかったのでしょう。

頑張り通した長い下積み時代!本名非公開の理由!

ムロツヨシさんが本名を明かさない理由、結婚に興味を持てない事にも、「う~ん、これでは結婚に興味がなくなるかも」と思わざるを得ないような家庭環境だったのです。

大学を中退したムロツヨシさんは、養成所に通いながら、いくつもオーディションを受けましたが、まるで手ごたえはありません。長い下積み時代の初めころ・・・20才から3年ほど、横浜市中央卸売市場の鮮魚店のバイトに明け暮れていました。

そんな中で一人芝居をやってみたり劇団を立ち上げてみたり、いろいろ挑戦していたようです。鮮魚店で共に働いていた仲間は、誰もがムロツヨシさんのことを応援しているようです。今も変わることなく。

「うち(鮮魚店)を辞めてから7,8年は、どこの事務所にも所属できていなかった。ムロツヨシさんは普段テレビで見るあのまんま。昔からしゃべりは上手かった。誰からも好かれたし、手伝ってあげたいと思わせるほどいい奴」と、元同僚が話してました。

また、鮮魚店と取引があった、あるお店の店主の話によれば、ムロツヨシさんはとても痩せていたらしい。そこで時々てんぷらやご飯を持たせてあげたと。芸能人になりたいと言うのを聞いて、「水ものなんだから、それで食べていくのは難しい」といつも言ってたそうです。

しかしムロツヨシさんは、その言葉を胸に刻み頑張り通したからこそ、今があるのです。ぶれずに、腐らずに頑張って来た甲斐がありました。諦めず努力をすれば必ず報われるということでしょうか。

あっ、そうそう、ムロツヨシさんは本名を明かしていませんよね。ここには、母親に対する強い思いが込められているのです。悲しいほどに・・・

ムロツヨシさんは、ずっと以前に母親が再婚したことを聞き知っていました。あれから38年、違う家庭で暮らしている母親に、息子だと知ってイヤな思いをしないよう・・・昔の厭(離婚当時)なことを思い出させたくないと言う気持ちがあるため、本名は明かしていません。

本名はちょっと変わった名前なので、名乗ればすぐに自分の存在がわかってしまう。だから、母親の心に波風が立たないよう本名は名乗らないと言うことらしいですね。4才の時に離れ離れになっていますから、どのような顔をしてるかなんて、名乗らなければまずわからないでしょうから。

ただ、胸の中ではいろんな思いが交錯しているようです。探そうと思えば探せると思うし会いたい気持ちはあるけれども、やはり迷っていると「徹子の部屋」に出演したときに語っていましたね。

まとめ

ムロツヨシさん、めちゃ売れていますね!

ムロツヨシさんの名前が全国的になったのは、2013年のNHKの「ごちそうさん」でした。一風変わりものの、アメリカ帰りの天才建築家を演じました。天才肌で気難しく強引な性格・・・という役柄。この時ムロツヨシさんは37才。製作はNHK大阪放送局で、総合テレビとBSプレミアムで放送されました。

その後は、あれよあれよと言う間に、映画やドラマに引っ張りだこの人気者。ムロツヨシさんの風貌と優しい笑顔は誰からも好かれ、何を演じても憎まれない。

下積み時代は長かったムロツヨシさんですが、無名の役者として多数の作品に出演して、3枚目から真面目な役まで幅広く演じています。ここで俳優の基礎がつくられたのかも知れません。そして、多くの俳優や監督とのつながりも広がっていきました。

交友関係はとても広く、2005年に映画で共演して以来、親友となった小泉孝太郎さん。ムロツヨシさんは弟の小泉進次郎さんとも仲良しで、まるで兄弟のように仲が良いそうですよ。元首相の小泉純一郎も一緒に食卓を囲むこともあるなど、小泉家に自由に出入りできるムロツヨシさん。

4才の時に別れた母親は再婚しているため、自分の本名を明かさないムロツヨシさん。本名から息子だとわかった時、母親が悩まないようにと考え、本名を非公開にしているのです。優しすぎますよね。

父親が度々女性を変えるため、ムロツヨシさんと姉は、幼いころから大変つらい環境で育っています。それでも腐らず頑張り、交友関係を広げてきましたが誰からも好かれています。

ムロツヨシさんは、当時のことを振り返って「明るい子供でいるしかなかった。辛気臭い子供は居場所を失うから。防御本能だったと思います。嫌われたら居場所がなくなると言う・・・」幼いころからここまで考えなきゃならなかったなんて・・・辛かったでしょうね。

だから笑顔が身について、いつも明るく楽し気にふるまうムロツヨシさん。今は心から笑っていると思いますが、幼いころは自分の居場所を確保するために笑顔をふりまいていました。

また、テレ朝を退職した宇賀なつみアナの旦那様と知り合いで、仲間と共に、宇賀なつみ夫婦宅のパーティーに頻繁に出かけるなど、仲良しです。4月2日オープンした「川柳居酒屋なつみ」にも、常連客で出演しています。

ムロツヨシさんは幼少時代の経験から、結婚に魅力を感じていないようですが、好みのタイプだという女性はいるようですから、信じられる心優しい女性が現れたら結婚するかも知れません。

これからも増々頑張って欲しいな。
人を思いやる心が深いムロツヨシさんを、これからも応援します。
できれば、素敵な恋人を見つけて幸せになってね。

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