大迫傑選手が、10月7日・米イリノイ州で開催されたシカゴマラソンで、小雨と強風が吹き荒れる中を粘り強い走りで、2時間5分50秒の日本新記録の快挙!で3位。

今年2月の東京マラソンで、設楽悠太選手が塗りかえたマラソン日本新記録を、わずか7か月半で塗りかえてしまいました。

しかも、設楽悠太選手の記録2時間6分11秒を、21秒も上回る2時間5分50秒!日本人としては初めての5分台を出したのですから、もの凄~い!ことなのです。

設楽悠太選手が東京マラソンで、日本マラソン新記録を出した時は、2002年に高岡寿成氏がだした2時間6分16秒を、16年間もの長い期間、誰一人破れなかった。その記録を5秒更新しての優勝でした。それだって凄いことだったのに、21秒も短縮したなんて凄すぎますよね。

2002年高岡寿成氏が2時間6分16秒を出したのが、シカゴマラソンだったのです。何か運命のようなものを感じませんか。世界最高峰シリーズが舞台になっていることに・・・

2002年:シカゴで高岡寿成氏が当時の日本新記録を出した。
2018年2月:東京マラソンで設楽雄太が日本新記録を塗りかえた。
2018年10月:シカゴマラソンで大迫傑選手が日本新記録を塗りかえた。

世界最高峰と言われている「アボット・ワールドマラソンメジャーズ」は、東京マラソン・ボストンマラソン・ロンドンマラソン・ベルリンマラソン・シカゴマラソン・ニューヨークマラソンだけ。マラソンのメジャー大会なのです。

スポンサーリンク

シカゴマラソンには、大迫傑選手を含め5人の日本人選手が出場しましたが、その中に、公務員ランナーの川内優輝選手もいたのです。

しかし川内優輝選手は調子が悪く最初から出遅れてしまいます。最終結果は19位と振るわず「練習環境を変えなくてはだめ」市民ランナーの限界を痛切に感じたレースとなったようです。

大迫傑選手は試合後のインタビューで、「非常にうれしい。過酷な気象条件でタイムが出るかどうか分からなかったのですが、最後の1マイルくらいで、ペース通り走ることができれば行けると思った」と話していましたが、あの粘りの走りは本当に凄かったですね。

雨風の中で過酷な状態だったと聞いていますが、大迫傑選手をはじめ日本人選手が、どのような走りをしていたのか、あなたと一緒に振り返ってみましょう。

世界レベルの走りを魅せた大迫傑!トレーニングで手に入れた走法 気力 体力!

世界最高峰と言われている「アボット・ワールドマラソンメジャーズ」には、東京・ボストン・ロンドン・ベルリン・シカゴ・ニューヨークだけというメジャー大会なのです。

世界最高峰シリーズで「世界マラソンのメジャー大会」の構成は下記の通り。

  • 東京マラソン  :今年2月に設楽悠太選手が日本新記録を出しました。
  • ボストンマラソン:川内優輝選手が優勝しています。
  • ロンドンマラソン:
  • ベルリンマラソン:
  • シカゴマラソン:大迫選手が、設楽悠太選手の持つ日本新記録を塗りかえました。
  • ニューヨークシティマラソン:11月の初旬に開催されます。
スポンサーリンク

2018年10月7日午前9時30分、号砲と共に、全選手が一斉にスタートしていきました。この日シカゴは朝から小雨が降り、強風が吹き荒れる過酷な状況でした。

マラソンは30キロ地点を過ぎた頃から脱落する選手が増えていく・・・そんな中で逆に、大迫傑選手は後半になってからの方が強さが増してきたように思えます。



5キロのスプリットタイムは通常なら15秒前後。ところがシカゴマラソンでは強風に悩まされ、5キロのタイムは15分38秒と言う超スローペースでした。大迫傑選手は「前半は遅かったけど、後半は速い走りができた」とレース後に振り返っていました。

30キロ地点では、設楽悠太選手の持つ日本記録より26秒も遅れていたのですが、40キロを過ぎた頃には、逆に日本記録より32秒も速いペースになっていたそうですから、大迫傑選手の底力は相当なものだと言えるでしょう。

超スローペースだった走りが、一気に1分近くもペースが上がった時、遅れることなくついて行った大迫傑選手。今迄の日本人選手は、ペースが急に上がるとついて行けずに脱落していました。

海外の力がある有力選手は、ペースを上げたり下げたりしながら、他の選手を振り落としていくのです。気力は勿論のこと体力がないとついて行けません。だから急上昇してもすかさずついて行った大迫傑選手は「凄~い!」のです。

この適応力は、この3年間「ナイキ・オレゴンプロジェクト」に入り、「世界基準の練習をしていた」からだったのです。世界のトップランナーが集結して練習を行う米国で、厳しいトレーニングを積み重ねてきました。

その練習の中で「フォアフット走法」というものがあるらしいのです。その走法は日本人の身体能力では難しいと言われているものでした。しかし大迫傑選手は、高レベルのトレーニングを積み重ね、つま先で着地して走る「フォアフット走法」を身につけて磨いたと言います。

35キロを過ぎると、5人の先頭集団に食らいつきしのぎをけずっていた大迫傑選手が、両脇腹を抑える姿がありました。「ヤバイ、脇腹に来てるっ!」と思って、心配していましたが、それでも集団から離れることなく頑張りましたね。表情は苦しそうに歪んでいましたけど。

2時間5分11秒で優勝したのはモハメド・ファラー。大迫傑選手と同じ「ナイキ・オレゴン・プロジェクト」に所属している仲間の一人。

2時間5分24秒のタイムで2位に入ったのが、モジネット・ゲレメウ。この選手のマラソン記録は物凄いのです、何と2時間4分00秒なのですから!今年のドバイマラソンで出した記録です。

そして2時間5分50秒で、大迫傑選手が3位に入りました。この世界の強豪相手に戦ったのですから、メンタルも強くなければ駄目ですよね。狙っていたと言う1億円をGetするにふさわしい走り。しかし、設楽悠太選手の記録を21秒も一気に短縮するなんて、想像もできませんでした。

両脇腹を抑えていたことについて大迫傑選手は「マラソンに差し込みはつきものです。痛くなる前に対処できたのが良かったと思います」と話していました。

大迫傑選手は始めから「マラソン日本新記録」を出して1億円を狙うと決めていたそうです。その後の目標は勿論「東京五輪」での金メダル奪取だと。

前半のスローペースの時は、「日本新記録」は無理な状況になっていましたが、後半のペースが急激に上がったことで、途中からは「行ける」と思って走っていた大迫傑選手。

2019年3月3日の東京マラソンに照準を合わせているのですが、シカゴマラソンの結果に満足していない様子の大迫傑選手は、「優勝争いに絡めたけれど、トップは取れなかった!まだ、まだです!」と悔しがっていましたから、東京マラソンで、更にレベルアップした姿を見せてくれるかも知れません。

2019年2月の東京マラソンが待ち遠しい!設楽悠太選手も当然レベルアップしてくるでしょうから、二人がどんな戦いを見せてくれるのか、楽しみが倍増です!

川内優輝選手や他の日本人選手はどうしたの?

ボストンマラソンで優勝した川内優輝選手は、最初から出遅れてしまいます。最後まで盛り返すことが出来ず、最終結果は19位と振るいませんでした。

実は川内優輝選手、試合前から弱気だったのです。今年の夏は猛暑を通り越して酷暑が長く続きましたよね。暑さに弱い川内優輝選手は、夏の間、思い通りの練習ができていませんでした。

「50パーセントくらいの出来上がりかな。ベストは尽くすけれど・・・」弱気な発言をしていた通り、情けない結果となりました。「ボストンマラソンの優勝者として恥ずかしい!市民ランナーの限界を感じている」と話していたそうです。

ボストンマラソン優勝後に、埼玉県庁を退職することを発表していた川内優輝選手。2019年3月いっぱいで市民ランナーは返上。4月以降はプロランナーになるので、来夏は涼しい場所、北海道あたりに拠点を置いて、いろいろな大会を転戦することになるでしょう。

スポンサーリンク


また、藤本拓選手は2時間7分57秒で8位に入り、2019年9月のMGC大会の出場資格を獲得しています。MGC大会出場条件は2時間8分30秒なので、余裕をもって突破したことになります。

「自分のペースで冷静に走れた」と話しているようです。MGC大会出場チケットを手渡されて「嬉しい。MGC大会出場を考えていたので、大声で叫びたいほど嬉しい!」と。

鈴木洋平選手は2時間12分18秒で、自己記録を2分35秒短縮して、12位に入っていますので、頑張りました!それだけに、川内優輝選手が如何に悪かったか・・・悪すぎました。

もう一人木滑良選手もエントリしていましたが、100位までには入っていないため、タイムや順位などわかりません。それとも棄権したのでしょうか。持ちタイムは川内優輝選手選手よりも良かった選手なのですが。

シカゴマラソン1位と2位のミニミニメモ!3位大迫傑選手とご家族!

大迫傑選手は日本人(2002年高岡選手が3位)二人目の表彰台に立ちましたが、2時間5分50秒のタイムは、2年後の東京五輪でもメダル争いに絡める実力があることを証明してみせました。

2018年10月7日 シカゴマラソン上位3人の名前とタイムを下記に記しました。

優勝:モハメド・ファラー:35才。
タイムは2時間5分11秒。
2012年ロンドンと2016年リオ五輪で、5000メートルと1万メートルの2冠を持つ。
マラソン界のスターだと言われています。
2位:モジネット・ゲレメウ:25才。
タイムは2時間5分24秒。
2018年ドバイマラソンで、2時間4分0秒のタイムを記録しています。
まだ若いので、更に凄い記録を出せるかも知れませんね。
3位:大迫傑:27才
タイム:2時間5分50秒。
トラック競技では下記の日本記録を持っています。
3000メートル:2014年。
5000メートル:2015年。

シカゴマラソンで日本新記録を塗りかえた大迫傑選手も、箱根駅伝で活躍していました。

2011年:早稲田大学1年生の時:1区を走り区間賞。
2012年:2年生でも1区を走り区間賞。
2013年:3年生では3区を走って区間2位。
:この時は12位で襷を受取り快走しましたが、東洋大学の設楽悠太選手に8秒及ばず2位。
2014年:1区を走りましたが、結果は5位でした。

プロフィール。
大迫傑(おおさこ すぐる)
生年月日:1991年5月23日。
出身地:東京都町田市。
身長:170センチ。
体重:53キロ 。
所属:ナイキ・オレゴン・プロジェクト。

大迫傑選手の小学生時代は野球少年でしたが、中学生になってからは陸上をはじめています。高校は佐久長聖高校にっ入りました。先輩には箱根駅伝で活躍した佐藤悠基選手がいます。

2012年3月:早稲田大学2年生の時に学生結婚しています。
奥様は福井県出身で、アイドルグループSKE(名古屋で活動)研究生の一人橋本あゆみさん。しかしこの結婚は「秘密」だったようで仲間以外は知らなかったようです。

お子様が一人、現在6才になる カワ(・∀・)イイ!! 女の子で、名前は「優ちゃん」らしいですね。大迫傑選手は「優ちゃん」にメロメロなのだとか。合宿生活が長い時などは、毎日テレビ電話をしているそうです。仲睦まじいご家族が大迫選手を支えていることは間違いありません。

大迫傑選手にはお兄さんと弟さんがいるらしいので、次男ということですね。お兄さんの情報はないのですが、5才年下の弟さんも陸上をしていると聞きました。その内名前が出てくることがあるかもしれませんね。

まとめ

大迫傑選手が魅せてくれましたね。
10月7日・米イリノイ州で開催されたシカゴマラソンで、小雨と強風が吹き荒れる中を粘り強い走りで、2時間5分50秒の日本新記録を更新すると共に3位に入りました。

今年2月の東京マラソンで、設楽悠太選手が塗りかえたマラソン日本新記録を、わずか7か月半で塗りかえてしまっあのです。きっと、設楽悠太選手も見ていたでしょうから、驚き乍らも闘志をかきたてられた筈、「次は僕が勝つ!」って!

しかも、設楽悠太選手の記録2時間6分11秒を、21秒も上回る2時間5分50秒!日本人としては初めての5分台を出したのですから、もの凄~い!ことなのです。

設楽悠太選手が東京マラソンで、マラソン新記録を出した時は、16年もの間、誰一人破れなかった記録を5秒更新して優勝しました。それだって凄いことだったのに、21秒も短縮したなんて凄すぎますよ

大迫傑選手は、世界のトップランナーが集まるシカゴマラソンの過酷な試合で、互角の戦いを魅せてくれました。優勝したモハメド・ファラーは2時間511秒。

まだ39秒もの差はありますが、日本記録を今回21秒も短縮した大迫傑選手はまだ27才、モハメド・ファラーと同じ35才迄は8年もあります。充分に狙えるのでは・・・

ファラーも「ナイキ・オレゴン・プロジェクト」に所属しているなかまなので、目標に定めて技術を高めていける、最高の場所にいる大迫傑選手。

大迫傑選手は、3年前から海外を拠点に練習を積み重ねてきたことが正しかったと証明してみせました。激しくペースが上下する過酷なレース。他の日本勢が次々と遅れる中、トップ集団から離れることなく戦い、ファラーにはおいて行かれましたが、3位でゴールして報奨金1億円も手にしています。

8位の藤本拓選手が2時間757秒でマラソングランドチャンピオンシップ(来年9月)の出場権を手にしました。持ちタイムを伸ばしているので、まだまだ頑張れるでしょう。

残念ながら川内優輝選手は、暑さが苦手で夏場の練習ができず、19位でしたが、来年3月からは市民ランナーを卒業してプロになるので、練習も思い通りにできるでしょう。その内素晴らしい活躍をしてくれることを期待しましょう。

スポンサーリンク

おすすめの記事