11月27日の朝、花田光司氏(元貴乃花)と河野恵子さんが離婚していたことをニュースで知りました。
1か月も前の10月25日に離婚していたなんて・・・

2017年の元横綱・日馬富士の傷害事件が勃発した時には、景子さんや家族も一丸となっていましたよね。景子さんは、貴乃花親方を支える若手親方の妻たちでネットワークを作って、相撲部屋の運営に協力したり、親方の考えを丁寧に説明したりするなど、内助の功で夫を支えることに全力を注いでいました。

それから1年たって「離婚」・・・なぜこのような結末になってしまったのでしょうか。

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11月27日、予定されていなかった花田光司(元貴乃花)氏が、日本テレビの「スッキリ」に、突如表れ、電撃生出演!

森圭介アナウンサーが慌てたように「ちょっとすいません! このスタジオに、なんでかちょっとわからないですけど、貴乃花さんが来て下さっているということで……」と驚きの声をあげたのです。

MCの加藤浩次さんが「なんで? なんで?」と言いながら花田光司氏の姿を見て、「本物だー!」と大騒ぎすると、水卜麻美アナウンサーも「聞いてないです!」と言いながら、「逆に親方に伺ってもいいですか?」と興奮するなど、スタジオ中がパニック状態になったことが伝えられました。

花田光司氏(元貴乃花)は、自身の離婚が大きく取り上げられていることに驚きながら、「卒婚」について説明しました。「お互い結婚を卒業しようということで、2人で決めまして」「私の人生の起点がここのところたくさんありましたし、お互いの道を行こうと言うことに・・・」と。

離婚を決断した理由については「元奥さんも、新しい道を伸び伸びと行って欲しいなという気持ちが、私自身に強くありました」と、深い思いを打ち明けた花田光司氏。

このニュースは、日本全国を駆け巡りましたが、夫婦生活にピリオドをうった花田光司氏と河野恵子さんが、どうして、このような結末を迎えなければならなかったか、いろいろな出来事を振り返りながら考えてみましょう。

1995年に結婚して以降、二人はおしどり夫婦として知られていました。仲睦まじかった二人に一体、何があったのでしょうか・・・

2017年 相撲協会 理事立候補が招いた夫婦の亀裂!

古くて悪しき因習が根強く残る相撲協会を大改革したいと、いろいろ挑んできた「平成の大横綱」貴乃花親方でしたが、何もできないまま、結果的には相撲協会から身を引くことになってしまいましたね。

さらに、23年もの間、貴乃花を支え続けてきた河野恵子さんとの夫婦関係にも、ピリオドを打つてしまった花田光司氏(元貴乃花)。この離婚で何もかも無くしてしまったような・・・そんな気がして一抹の虚しさを感じます。他人事ではありますが・・・

2018年2月貴乃花親方が、相撲協会の理事選に出馬した頃から、夫婦の関係が揺らぎ始めたらしいと言われています。景子さんにも、まったく相談せずに独断で出馬を決めてしまったのです」

講演会関係者の話では、貴乃花親方が理事選に落ちた時、景子さんは近しい人に「落選してよかった。これで余計なことに気を取られず、親方として弟子の教育に集中できる」と漏らしていたとか。



丁度その頃でした、夫婦の関係に決定的な溝を作る事件が起こったといいます。それが、長男の花田優一さんが靴職人のかたわら、俳優業にも進出したことだと言うのです。

優一さんのマネジメントは貴乃花部屋だったのですが、2017年の夏から後援会幹部が経営している芸能事務所の所属に変わりました。景子さんがその幹部を連れてきたそうです。

最初は貴乃花親方も歓迎していたらしいのですが、優一くんと景子さんの2人がイベント活動などを始めた時、芸能事務所にお金が入り、貴乃花部屋にお金が入らなくなったことで、おかしいと言い始めました。

貴乃花部屋は、小口の後援者を集める「サポーター制」で運営をしていましたが、当時は、古くからの大口のタニマチが離れ、経営は悪化の一途をたどっていたそうです。そのため、景子さんも金策に走り回り、芸能事務所幹部を連れてきたのです。

芸能事務所にお金が入り、貴乃花部屋にお金が入らないのはおかしいと言い始めた頃から、23年半続いた夫婦生活に、取り返しのつかない程の亀裂が入り、貴乃花親方と景子さんは言葉を交わすこともなくなってしまい、貴乃花親方は稽古部屋に住み、景子さんは自宅に住むという別居状態に。

2018年8月、貴乃花親方が巡業先で倒れて意識不明になった時でさえ、景子さんは「弟子が行けばいい。私はほかに用事があるから」と見舞いにも行かなかったそうです。

この時、花田光司氏(元貴乃花)は、見舞いにこなかったことで「元には戻れない」と言う、景子さんの強い意志を感じていたようです。だから二人が同時に「離婚」する気持ちを固めた時なのでしょう。

一度亀裂が入ると修復はできても、決して元通りの姿に戻らない・・・食器などが割れたら、見た目にはわからない程奇麗に修復できることもありますが、修復箇所が一番もろくなっているとおもいます。

でも、花田光司氏(元貴乃花)と景子さんの場合は、修復できない程大きな亀裂が入っていたのですね。23年間、懸命に支え続けてきた景子さんだからこそ、一瞬の亀裂で、心が空ろになってしまったのでしょう。そう、心が空っぽの状態に・・・

おしどり夫婦と言われた貴乃花と景子さんだった・・・

「部屋ができたばかりの時は、身を粉にして二人で盛り立てていた。景子さんは掃除や洗濯から弟子の世話、後援者の対応まで、人気アナウンサーだったことを忘れさせるほど頑張り、一生懸命だった。部屋は景子さんの頑張りがあって成長できた・・・と言っても過言ではない」と言われています。

しかし、子育が一段落して、子供に手が掛からなくなった頃から、貴乃花親方は江東区の相撲部屋に住むようになり、品川区の自宅には帰らなくなりました。

貴乃花が相撲部屋に住むようになった理由は弟子のためでした。
「弟子が出世して関取になり、これまで以上に、しっかりした指導をしなければならない。弟子から目を離せないと言う思いから、貴乃花親方は部屋に住み込んで目を光らせるようになったのですが、この頃からだんだん夫婦のすれ違いがおきるようになりました」と。

2018年9月の貴ノ岩の問題でも、景子さんは、相撲協会と着地点をみつけて穏便にと思っていたそうです。貴ノ岩が母国、モンゴルでバッシングされていると知っていたから。景子さんはいつも、全ての弟子に声をかけて愚痴を聞き、本音や心情を引き出し手厚くケアしていました。

しかし頑固な貴乃花親方はすぐに戦闘態勢に入ってしまい、景子さんの言うことにも耳も貸さなかったそうです。何度か景子さんも、貴乃花親方に話をしたといいますが、「俺がやっていることに口出すな」と、全く受け付けなかったらしいのです。

下記画像元のアドレス ⇒ https://is.gd/RlbN2g

そして2018年9月、貴乃花は相撲協会に「引退届」を提出。弟子の幕内貴ノ岩に対する元横の綱日馬富士の傷害事件を巡る協会とのバトルで理事のポストを失い、さらに退職にまで追い込まれ、貴乃花部屋は消滅してしまったため、力士らは千賀ノ浦部屋に移籍しました。

貴乃花は、このような大事なことを、何一つ景子さんに相談することなく、全て独断できめてしまったのです。景子さんも流石に「許せない!」と思ったようです。

景子さんは長男の優一さんのことも、まだ若いから靴職人だけにこだわらず、自由にやってみればいいと考えていました。しかし、貴乃花は自分が決めた道を究めろという意見だったのです。

「離婚」・・・「卒婚」と言う言葉で表現した花田光司氏(元貴乃花)と景子さんですが、憎しみ合っての離婚ということではなかったと、周囲の人たちも話しているようですね。

だからこそ、2018年10月25日に離婚届を提出した後の11月に、福岡県田川市の祭りにも二人で仲良く参加しています。お世話になった後援者がいるのですが、今も尚、景子さんは信頼されているので花田光司氏(元貴乃花)と共に招待されました。

景子さんと親しい人たちは、景子さんが離婚を決意した原因について、このようなことを話しています。「弟子のことに熱心でいつも気を配っていましたね。部屋がなくなり、心にぽっかり大きな穴があいたのではないでしょうか。それが引き金になってしまったかも・・・」と。

2018年8月、貴乃花親方が巡業先で倒れて意識不明になった時、景子さんは「弟子が行けばいい。私はほかに用事があるから」と見舞いにもこなかったことで、花田光司氏(元貴乃花)は、「元には戻れない」と言う、景子さんの強い意志を感じていたようです。お互いの気持ちだとも。

景子さんの進む道を伸び伸び歩いて欲しいと願う元貴乃花

貴乃花親方花田光司氏と離婚した河野恵子さんは、11月28日、報道各社にコメントを送付しています。「23年間の結婚生活に終止符をうちましたことをご報告申し上げます」と離婚を自らの言葉で報告。

河野恵子さんさんのコメント内容は、以下のようなことでした。
「横綱の妻として、相撲部屋の女将として「相撲道に全身全霊注いできた貴乃花を間近で見てきた23年間、たくさんの学びがあり、多くの出会い、そして喜びもありました」

「度重なる困難には、二人三脚で乗り越えてきた自負もあります」
「二人で話し合い下した決断です」と記し、別々の道を歩む元夫については「尊敬の念と感謝の心は失うことなく」と、深い思いを綴っています。

また、3人の子供たちのことについては「私にとって宝であり、支えであります」と、子供に対する愛情の深さを明かしています。

また「これまで支えて下さいました多くの方々に心より御礼申し上げます。今後とも私達二人をあたたかく見守っていただけましたら幸いでございます」と、結ばれていたそうです。

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同じ日、長男の優一さんはブログを更新し、両親の離婚に触れています。
「スーパーヒーローのように憧れた父、いつも太陽でいた母 2018年の今日、笑顔溢れる、変わらない毎日!」と思いをつづっているそうです。

かつて景子さんがアナウンサーを務めていたフジテレビも大々的に報道していました。
27日放送の『めざましテレビ』のなかで、三宅正治アナは、今後テレビなどで景子さんを目にする機会が増えるかもしれないと推測しています。



また、笠井アナは景子さんの1年先輩ならではのエピソードを披露しました。
結婚する直前に河野景子さん、八木亜希子さん、有賀さつきさんらと都内の飲食店でお祝い会を開いたところ、店の中に隠しマイクが仕掛けられており、その場の会話が翌週の週刊誌に載っていたと話しました。

その時、笠井アナは「貴乃花と河野恵子さんの二人が、これから衆人環視のなかで生きていくのは大変だな!景子ちゃん、がんばれ」と思ったとも話していました。

花田氏と景子さんの離婚はネット上でも、「元貴乃花親方の口調からも、しっかり話し合っての結論だということが伝わってくる」

「結婚前からプライベートの場を盗聴されるって……その後も、相撲界という特殊な世界で、二人にしかわからない苦労や大変なことがあったと思う。外野が口をはさめることじゃない」などと話題になりました。

まとめ

11月27日の朝、花田光司氏(元貴乃花)と河野恵子さんが離婚していたことをニュースで知りました。実際には、1か月前の10月25日に離婚していたとのことでした。

2017年の元横綱・日馬富士の傷害事件が勃発した時には、景子さんや家族も一丸となっていました。景子さんは、貴乃花親方を支える若手親方の妻たちでネットワークを作って、相撲部屋の運営に協力したり、親方の考えを丁寧に説明したりするなど、内助の功で夫を支えることに全力を注いでいたのに・・・

貴ノ岩の問題について、景子さんは、相撲協会と着地点をみつけて穏便にと思っていたそうです。貴ノ岩が母国、モンゴルでバッシングされていると知っていたから。景子さんは、全ての弟子に、いつも声をかけて愚痴をきき本音、心情を引き出し手厚くケアしていました。

しかし頑固な貴乃花は戦闘態勢に入ってしまい、景子さんの言うことにも耳も貸さなかったそうです。何度か景子さんも、貴乃花に話をしたといいますが、「俺がやっていることに口出すな」と、全く受け付けなかったらしいのです。

そして2018年9月、貴乃花は相撲協会に「引退届」を提出。弟子の幕内貴ノ岩に対する元横の綱日馬富士の傷害事件を巡る協会とのバトルで理事のポストを失い、さらに退職にまで追い込まれ、貴乃花部屋は消滅してしまったため、力士らは千賀ノ浦部屋に移籍しました。

貴乃花は、このような大事なことを、何一つ景子さんに相談することなく、全て独断できめてしまったのです。景子さんも流石に「許せない!」と思ったようです。

景子さんと親しい人たちは、景子さんが離婚を決意した原因について、このようなことを話しています。「弟子のことに熱心でいつも気を配っていましたね。部屋がなくなり、心にぽっかり大きな穴があいたのではないでしょうか。それが引き金になってしまったかも・・・」と。

貴乃花親方もまた、2018年8月に巡業先で倒れて意識不明になった時、景子さんは「弟子が行けばいい。私はほかに用事があるから」と見舞いにもこなかったことで、「元には戻れない」と言う、景子さんの強い意志を感じていたようです。「元には戻れない」・・・それがお互いの気持ちだとも。

23年もの間支え支えられて頑張って来た元若乃花親方と景子さん。正式に離婚した後も、福岡県田川市の祭りに、二人で中良く参加しています。

離婚報告のコメントに「尊敬の念と感謝の心は失うことなく」と、元貴乃花にたいする思いを記した景子さんと、「元奥さんも、新しい道を伸び伸びと行って欲しいなという気持ちが、私自身に強くありました」テレビで語った元貴乃花。

「卒婚」と言う言葉で表現した花田光司氏(元貴乃花)と景子さんですが、憎しみ合っての離婚ということではなかったと、周囲の人たちも話しているように、これからも何かあれば、二人が一緒に行動することがあるかも知れませんね。

進む道はそれぞれですが、いつでも笑顔で会えるような二人であって欲しい・・・と思います。

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