箱根駅伝は、毎年1月2日と1月3日の2日間開催されています。

往路:1月2日、午前8:00に東京大手町の読売新聞社前をスタートして、ゴール地点の芦ノ湖に向かう。

復路:1月3日の午前8:00に芦ノ湖スタートして、東京大手町の読売新聞社前のゴール地点目指して走ります。

  • スタート地点:東京大手町の読売新聞社前。
    ゴール地点も東京大手町の読売新聞社前。
  • 走る距離
    :往路5区間107・5キロ。
    :復路5区109.6キロ。
  • 往路区間:1区から5区。5区は山登り。
  • 復路区間:6区から10区。6区は山下り。
  • ランナー:各大学往路5人・復路5人で合計10人。
  • シード獲得大学:11校。
  • 予選会を勝ちあがってきた大学:9校。
  • 学連選抜(出場できない大学から選抜)。
  • 学連選抜の成績は参考記録になります。
  • 繰り上げスタート:各中継所を、トップチームが通過してから、20分たつと遅れたチームは白い襷をつけてスタートする。

「事実は小説よりも奇なり」・・・箱根駅伝はまさに小説よりも奇なり、人の心の琴線を揺さぶる「生きた」ドラマがいくつも生まれます。一人一人が力を出し切り、襷をつなげたい一心で必死に走る姿に、感動しない人などいません。

勝者が喜びに浸り歓喜するのもドラマですが、それ以上に心を揺さぶられ、思わずもらい泣きしてしまうような敗者のドラマが、箱根駅伝にはたくさんあるのです。

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あなたもご存じでいらっしゃいますよね、繰り上げスタートや途中棄権のことを。繰り上げスタートは中継地点ですが、途中棄権は何処でおきるかわかりません。

途中棄権がおきる原因は様々です。
脱水症状、足の疲労骨折、アキレス腱痛、ふくらはぎの肉離れ、足の靱帯損傷、足の痙攣、低体温症などが起きて、走ることができなくなってしまうものです。

繰り上げスタートの場合は、襷が一時的に繋がらないだけで、記録もしっかりのこりますが、途中棄権の場合は記録が残らず途切れてしまうため、悲惨な状況をまねきます。

目の前にいる仲間を置き去りにするかのように、繰り上げスタートしていくランナー。
これも切なく辛い情景ですが、長年箱根駅伝を見続けてきた中で、今も尚くっきりと脳裏に残っているのは、悲劇の途中棄権と言われた最終10区を走ったアンカーのことです。

ゴール迄残り150メートルにせまりながら、途中棄権を余儀なくされたランナー。
極限・・・極限を遥かにこえていたかも知れない、そんなランナーの姿を記しました。ランナーがどのような状態で走っていたのか・・・読んで下さいね。

走る距離は217.1キロ箱根駅伝の途中棄権と繰り上げスタート!手に残る汗の滲む襷!

往復217.1キロの距離を20校と学連選抜がしのぎを削る箱根駅伝。毎年、悲喜こもごもの展開が繰り広げられますが、心を揺さぶられ涙を流したのは一度や二度ではありません。

途中棄権や繰り上げスタートで、襷を繋げることができなかったランナーが、肩をふるわせ号泣する姿に、胸が詰まり思わずもらい泣きをしたのは、数えきれないくらいたくさんあります。

いつも、繰り上げスタートが迫ってくると、中継所の映像を見ながら、「早く姿を見せてっ!」と、心の中で叫んでいます。繰り上げスタート用の白いたすきをかけて仲間を待つランナーの、祈るような気持ちが伝わってくるような・・・中継所の映像。

画像と記事は関係ありません。

どれくらい前・・・何年前だったかは覚えていないのですが、確か復路の戸塚中継所だったような記憶があります。
下記の画像元のアドレス → https://is.gd/p7ylDJ

襷をつなぐために、よろよろしながらも必死の形相で、中継地点に現れたランナーがいました。

襷を運んでくる仲間を待ち受けるランナーは、すぐ外せるように白いたすきに手をかけ、あらん限りの声をあげて呼びかけながら、近づくランナーに手を振ります。

その声が、中継所を目指すランナーの耳に届いていたかどうかはわかりません。
ランナーは、あと5m、あと4m、あと3mと、少しずつ中継地点に近づいています。

残り1メートルと少し・・・手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいたランナー。
その時、無情にも「ピッ」と笛が鳴り、白いたすきをかけたランナーは、母校の襷を受け取れないまま繰り上げスタートしていきました。

最後の力を振り絞り、中継ラインを超えたランナーは、母校のたすきを「ぎゅうっ」と握りしめ、倒れこみ号泣!見ていた私も、切なくて、もらい泣きしたのを覚えています。

同じような光景を幾度となく見ているのですが、いつ見もて泣かずにはいられません。繰り上げスタートになると、母校の襷をつけることできず、白い無地の襷をかけて走ることになります。

トップのランナーが中継所を通過してから20分がたつと、通過できなかったチームは繰り上げスタートになります。時間内に通過できないチームが複数校いる場合は、全てのランナーが、白い襷をかけて一斉にスタートしていきます。

総合距離217.1キロ箱根駅伝!あの角を曲がればゴール見えたのに・・・残り150メートルでおきた途中棄権!

箱根駅伝が全国放送になったのは1987年。31年間も放送されている中には、9区を走ったランナーが、最終10区のアンカーに襷が渡せず、目の前で繰り上げスタートになったこともありました。

わたしが見た映像は「ライブ」ではなく、箱根駅伝の特集番組か何かで見たのだと思うのですが、何故かくっきりと、鮮やかによみがえる最終10区の景色・・・いろいろ調べて見ました。

1994年10月に行われた箱根駅伝の予選会で箱根駅伝の特集番組が放送されていました。24年前(1994年)に放送されたのは、箱根駅伝最終10区悲劇のランナーの映像です。わたしは予選会も欠かさず見ていましたから。

恐らくわたしは、その特集番組を見ていたのだと思います。中継地点では同じような光景が繰り広げられるので、あるいはどこかの中継地点の景色とダブっているのかも・・・そんな気もしていたのですが、やはり最終10区の記憶だったようです。

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高校卒業以来ずっと箱根駅伝を見続けてきたわたしですが、最終10区で悲劇が起きた映像は、特集番組でしか見られないものでした。遥かに遠い1976年のことで、もう42年も前に起きた悲劇だったのです。

箱根駅伝のアンカーが走る最終10区(区間距離23キロ)は東京大手町。歩道を埋め尽くす物凄い人、人、人、人の群れ。しかし大観衆の目は、たった一人のアンカーに注がれ、応援全てが、そのアンカーに向けられていました。

最終10区を走るアンカーは、あと少しでゴールできる地点迄来ていました。もう少し先を右に曲がれば、チームメートが待ち受けるゴールが見えたはずでした・・・

青山学院大学 杉崎 孝 4年 10区
21.5km
脱水症状により意識を失う

箱根駅伝の途中棄権者の中に、上記の記載がありました

箱根駅伝記録一覧の中に、第52回大会の最終10区、大手町ゴール150m手前で選手が昏倒し途中棄権となる、と記載されています。

特集番組で見た映像の記憶では、角を曲がると直ぐにゴール位置が見えてくるのですが、青山学院大学のアンカーは、その「曲がり角」のすぐ側まで来ていたのです。あれが150メートル手前だったのです・・・ね。

脱水症状だったそうですが、右によろよろ、左によろよろ、今にも倒れそうになりながら、それでも走ろうとするランナー・・・その傍にチームの監督がいて、「もういい、よく頑張った、もういい」と声をかけても尚、走ろうとするランナー・・・

ランナーの表情は、意識がもうろうとしているのが分かるほどでした。監督が声をかけながら、ランナーの肩に手をかけました。ランナーの身体に触れたら、レース終了の合図です。

「よく頑張った!」「よく頑張ったぞ!」四方八方から大観衆が叫びます。記憶の片隅には、涙をぬぐう観衆の姿もあったような・・・

意識がもうろうとしているランナーは、監督の手が触れた瞬間、ふらっと身体が揺れてその場に倒れ込みました。

肩を叩かれて倒れ込む姿を、胸が締め付けられるような思いで見ていた記憶が、鮮やかによみがえって・・・涙が溢れそうになりました。

意識もうろうとしながら、右によろよろ左によろよろ、それでも前に前にと、つんのめるようになりながらも歩む姿・・・極限を超えていたかもしれないランナーの姿を、あなたにお話したかったのです。
これから先もきっと、箱根駅伝を見る度に思い出すでしょうね。

あと少しでゴールできたのに・・・残り150メートルが遠かった・・・あと少しで持ち帰れた襷は、ゴールで待つチームメートに届くことはありませんでした。

まとめ

箱根駅伝は悲喜こもごも、たくさんのドラマが生まれます。

シード権争いは過酷で、0.1秒差で天国と地獄に分かれてしまいます。
11位以内に入ればシード権確保ですが、わずか0.1秒の差でも12位に甘んじたチームは、毎年10月に行われる予選会に出場して、9位以内を確保しなければなりません。

だから、襷をつなげるために、チームのために、ランナーは限界ギリギリ・・・限界を超えようとさえする意識が、心に宿っているように感じます。

箱根駅伝:総合距離217.1キロを2日間かけて走ります。

  • スタート地点:東京大手町の読売新聞社前。
  • 最終ゴール地点も東京大手町の読売新聞社前。
  • 走る距離
    :往路5区間107・5キロ。
    :復路5区109.6キロ。

繰り上げスタートは毎年おきていますが、近年は復路の9区と10区の繰り上げスタートが増加しているそうです。

同じ繰り上げスタートでも、近づいてくるランナーが見えているのに、繰り上げ用の白い襷をかけてスタートするほど切ないものはありません。特に、手の届きそうな位置迄迫っているランナーの目前で、繰り上げスタートしていくのは尚更切なく辛いでしょうね。

また、途中棄権は、第25回大会から第90回大会までの間に15回ありました。

1994年10月に放送された「箱根駅伝特集番組」で見ていました。
第52回大会最終10区で、意識朦朧となりゴール地点の150メートル手前で倒れ、途中棄権となってしまった青山学院大学杉崎さんの悲劇を。

番組を見ながら、ポロポロ涙を流した思い出が鮮やかによみがえり、意識がない状態でも尚、前に前にと、よろめきながら歩く・・・ランナーがみせた極限の姿を、あなたにお話したいと思いました。

極限の姿は・・・意識が薄れよろめきながらも、前に歩こうとするランナーの、潜在意識に刻み込まれた強い心(襷を仲間の元に届けたい!)だったでのしょうか。

箱根駅伝は見ている人々に、いつも感動を届けてくれています。
優勝ゴールのテープを切ったアンカーが、駆け寄った仲間と一緒に喜びを爆発させる姿に感動し、その一方で2位、3位に甘んじて悔しそうな表情を見せるチームの姿にも何故か胸が熱くなります。

繰り上げスタート、途中棄権、歓喜の優勝ゴールなど、マラソンや駅伝は人生と同じ、山もあれば谷もある。歓喜の涙もあれば悔し涙も数々あります。どこか、あなたやわたしの人生と重なるところがあるかもしれません。

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